無用の長物

written by MAS@


ブルルルル・・・・キイッ・・・バタン。
とある郊外の一軒家に、宅配便の車が到着した。
ガサゴソ・・・配達係はデッキからダンボール箱を降ろし、呼び鈴を押す。
ピンポーン、ピンポーン、
程無くして玄関のドアが開き、一人の女性が顔を覗かせた。

「はいはーい」
「あ、大庭さんのお宅ですね? 宅配便です、受け取りお願いします」

差し出された伝票に、女性はサインをする。

「さらさらさら、っと、はい、これでいい? 」
「はい、確かに、ありがとうございました」

配達係は一礼すると車に乗り込み、次の配達先へと、車を走らせて行った。
去って行く車を暫らく目で追っていた女性は、ふと、受け取った荷物に視線を移す。
大きさはちょうど、15インチのモニター位だろうか、その割に、さほど重くはなかった。

「んー、宛名はあたしになってるわね、何だろ? 」

こう言って、 箱を持ったまま、自分の部屋へと戻って行った。
緑の髪、意志の強そうな太い眉、勝ち気な瞳を持ったその女性。
彼女の名は、大庭詠美。
一般客、関係者を問わず、こみパに出入りする人間で、詠美の名を知らぬ者は皆無であろう。
超大手サークル、<CAT OR FISH !?> の主宰であり、同人誌の売り上げは、常にトップを誇っている。
卓越した技術から成る詠美の本は、多くのファンを惹き付け、毎回、ものの数時間で完売と言う盛況ぶりだ。
もっとも、こみパにおいて、詠美がその地位を保っていられたのは、それ相応の代償を払っていたからであるが。
それは、現役女子高生である詠美の、主に学業面に、甚大な被害を及ぼしていた。
体力、気力、時間のすべてを同人誌作成に費やす為、勉学に割く暇などあろう筈がなく、成績は惨憺たるものだった。
このままで詠美が卒業するには、奇跡でも起きない限り無理だ、とは、同人仲間の千堂和樹の談である。
まあ、回りが思うほど、当の本人は気に留めず、相変わらず同人活動に励んで居たのだから、見事と言うほか無い。

「いったい何なのかしらぁ?」

部屋にもどった詠美は、さっそく荷物の梱包を解く事にした。
バリバリッ ガサ、ガサ、 ガムテープを剥ぎ取り、箱を開け、ビニールに包まれた中身を取り出す。

「な、なによ、これぇ? 」

詠美は思わず声をあげた。
中に入っていたのは一体の人形、ちょうどデッサン用の木人形を大きくした様なもので、素っ気も何も無い。

「なんなのぉ、これ? いやがらせぇ? 」

人形を手に取り、訝しがる詠美。

「あら? これは・・ 」

ふと、人形の顔の所に、赤い丸い鼻が付いている事に気付く。
顔の大きさに比べ、やたらと大きく出っ張っているそれは、いかにも押してくれと言わんばかりだ。

「ふーん、なんかボタンみたい・・・気になるわねぇ・・・えーい、押しちゃえ」

多少の疑問はあったものの、好奇心に煽られる様に、詠美は鼻を押した、 カチッ、
ブウウウウン・・・低く唸る様な音が、部屋に響く。

「・・・・・・・・・・・・・!?」

黙って人形を見守っていた詠美の目が、大きく見開かれていた。
小刻みに振動を繰り返しながら、人の背丈程の大きさになっていく人形。
次いで、人形の表面が人間の肌の質感に変化して行き、丸みを帯びた女性のフォルムを形造る。

「あ・・・・・あ・・・・・」

鼻を押して、数十秒も起っただろうか、詠美はただ唖然とするばかり。
無理も無いだろう、なぜなら詠美の目の前に、もう一人の詠美が目を閉じて横たわっていたのだから。
しかも、一糸纏わぬ、あられもないカッコでだ。

「な、な、なななななになになに、ななななんなのよ、ここここれわぁぁぁー!!!」

慌てふためき、どもりまくる詠美。

「・・・あ、あたしが、も、もう一人・・・・・コ、コピー? コピーロボットぉぉぉぉぉ?!」

昔見たマンガで憶えがある、あのコピーロボット、鼻を押すと、その人ソックリになると言うアレだ。
でもホントにあったなんて・・・詠美は驚きを隠せなかった。

「う・・・・・ううん・・・・・」

微かな声を出し、コピーの詠美がゆっくりと目を開け、上半身を起こす。

「!!!!!」
「・・・・・・・・・・」

コピーの詠美は、黙ったままあたりを見回し、やがて自分を見下ろしている詠美(本物)の存在に気付く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

本物とコピーの目が合い、数秒の時が起つ。

「・・・・・・・・・あんた、誰よ? 」

先に言葉を発したのはコピーだった。

「あ、あんた誰って・・・あ、あ、あたしは詠美ちゃんさまに決まってるでしょーー!! 」

コピーに言われて、よほど腹が立ったのか、詠美が顔を真っ赤にして怒鳴る。

「はあ? あんた何いってんのよ、詠美ちゃんさまはあたしでしょ?この あ・た・し!!」

目を吊り上げ、さも当然の如くコピーが返す。

「まったく、なんだってのよ、だいたいあたしが、なーんで床に寝てるワケぇ・・・って、きゃああああ!!」

ぶちぶちと愚痴っていたコピーが、いきなり悲鳴をあげた。

「な、な、なんであたしハダカなのおぉぉ、いやあぁぁ!!」

言うが早いか、わたわたとクローゼットにとり付き、服を漁りはじめる。

「ちょっとちょっとあんた!! なに勝手に人の服を・・あっ! それあたしのお気に入りのヤツ、やめなさいよー!!」

「なによー、これはあたしんだからね!! なに着ようとあたしの勝手でしょーが!!」

「ムッキー!! あたしの、あたしのコピーのクセにぃぃぃぃぃ!! ちょうちょうちょうナマイキぃぃぃ!!」

「なーにワケわかんないコトいってんのよーー!! あんたこそ、ちょうちょうちょうムカつくぅぅぅぅぅ!!」

ぎゃあぎゃあと罵り合う、二人の詠美。
収集がつかないとは、まさにこの事である。
果てしの無い罵倒の応酬は、二人が疲れ果てるまで、延々と続いた。


「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」

床にへたり込み、肩で息をしつつ、二人は睨み合った。

「はぁ、はぁ、あたしたち、はぁ、いつまでも、こーんなことしてても、はぁ、しょーがないんじゃない? はぁ」

「はぁ、はぁ、そ、それもそうよね、はぁ、それに関しては、あたしもどーかんだわ、はぁ、はぁ」

息を整えながら、二人の詠美は頷き合う。
今詠美は、間近に迫ったこみパの為に、原稿の仕上げの真っ最中、たしかにこんな事をしてる暇など無い。

「と、とにかく、せっかくあたしが二人になったんだから、せーぜーかつようしなくちゃ、じゃああんたは、ワク線引きと
ベタとトーン張りでもしてちょーだい」

こう言って詠美(本物)は、机に向かい、ペン入れの続きに取り掛かろうとする、が、

「ちょーっとまちなさいよ! そんなこと、しもじものすることじゃない! ペン入れはこのあたしがするの! あんたこそ
あたしのさぽーとにてっするべきだわ!」

コピーは原稿を引ったくり、本物を睨み付ける。

「なんですってえぇぇぇぇ!! あんた何様のつもりなのおぉぉ! ちょおムカつくぅぅぅ!!」

「きまってるでしょー、あたしは詠美ちゃんさまよ! いまさらなにいってんの、バッカじゃなーい? 」

「ムッキィィィィィィィィィィィィィィーーーー!!」

「なあによぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!」

再び睨み合う二人、どちらも譲る気など、さらさら無いようである、当然と言えば当然ではあるが。
こうして、泥沼の罵り合いが、またしても繰り広げられる事となったのである。


それから数日後、
詠美の家から、さほど遠くない所に有る、とある小さな印刷所。
<塚本印刷> と看板が掛けられたその中。
印刷機が大きな音を立て、一人の女の子が忙しそうに立ち働いていた。

「ふん、ふん、ふーん」

鼻歌など歌いながら、かなりご機嫌の様子である。

「もうじき詠美のおねえさまがやって来るですよ、千紗、とーってもうれしいですぅ」

千紗と名乗る少女は、満面の笑みで、小さな体を目一杯動かし、作業に励む。
ここ塚本印刷は、小さな構えでありながら、同人作家にはかなり知られた印刷所であった。
迅速にして丁寧、加えて良心的な価格とあって、たちまちのうちに、その評判は口伝てで広がってゆき、今では
千堂和樹を初めとする、多くの同人作家御用達の店として、つとに知られる様になったのである。
詠美も、最初はべつの所に頼んでいたが、和樹の薦めで、最近はここに任せる様になっていた。
作家達の中でも、超大手サークルを擁する詠美の注文部数は、流石に群を抜いており、一番のお得意様だ。
その詠美から、今日、原稿を持って行くと電話があったのだから、千紗が喜ぶのも無理はない。
ガララッ、表の戸の開く音、それと共に、居丈高な声が響く。

「「小娘、げんこーもってきてあげたわよ、ありがたく思いなさいよね」」

「あ、詠美のおねえさま、すみません、ちょっと待って下さいですよ、んしょ、っと」

印刷機に取り付いていた千紗は、背中越しに詠美の声を聞き、明るく返す。

「お待たせしました、詠美のおねえさま、千紗、来られるのをずっと待って・・・た・・・で・・・す・・・よぉぉぉ?!」

詠美の方に向き直り、笑顔で迎えた千紗だったが、大きく目を見開き、凍り付いてしまった。

「「なにはじめてカモノハシみたような顔してんのよ、この小娘は」」

ステレオで聞こえる詠美の声が、千紗の頭を駆け巡り、混乱に拍車を掛ける。

「あわ、あわわわわ、え、えええええ詠美の、おねおねおねおねえさささまが、ふふふふ二人ぃぃぃぃぃ?!」

詠美を指す千紗の手が激しく震える、正確には、二人の詠美の間を行き来していたのだが。

「きゅうぅぅぅ」

ばたん、 お約束通りと言おうか、千紗は目を回し、床に倒れ込んでしまった。

「「ああー、ちょっと、なにねてるのよう、あたしのげんこーあげるのが先でしょーが、こらあ!!」」

詠美の多重音声が、印刷所に響き渡る。
その後ようやく目を覚ました千紗だったが、顔面に迫る詠美のどアップx2に、またも気を失い、印刷作業が
大幅に遅れてしまったのは言うまでもない。


それから更に数日後、
国内最大規模の同人誌の祭典、こみパの会場。
朝早くから、数万単位の客が列を成し、あいも変わらずの混雑ぶりである。
だが今回のこみパは、ちょっとした、いや、かなりの異変が起きていた。
異変の源は、言わずもがな、詠美のサークルである。

「ちょっとお、ここはあたしのサークルなのよー、なにでしゃばってんのよ、あんたぁ!!」

「なにいってんのよ、あたしの、詠美ちゃんさまのサークルなの、あんたこそよけいなコトしないでよー!!」

「「ムッキイィィィィィーー!! ムカつく、ムカつく、ちょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉムカつくぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」」

二人の詠美の小競り合いに、サークルの売り子達はもちろん、回りの客も、ただ呆然と口を開け、見つめるばかり。
話を聞きつけ、次々と客が押し寄せ、只でさえ混み合う詠美のサークルは騒然となっていた。
だがここに、この騒ぎを冷静に見つめる二つの視線があった。

「なあ、和樹ぃ、アレって、もしかして例の・・・あんたんとこにも来たんやろ? 」

「おう、由宇、おまえんとこにも来たのか、ああ、アレだろーな、多分」

腕を組み、溜息をつく二人、詠美の同人仲間の、千堂和樹に猪名川由宇だった。

「一目見て、アレがなんかすぐに分かったわ、それに、なんの役にもたたんシロモノっちゅうこともな」

「まあ、普通はな、一見便利そうなんだけど、役にたたねえよなあ、あんなもん」

「ホンマに、あのバカタレは・・・まさかここにまで連れてくるとは思わんかったわ」

「ま、なんとなく予想はしてたけどな、詠美らしいっちゃ、詠美らしいよなあ」

騒ぎを遠巻きに見ながら、やれやれと言った様子の二人であった。

「たとえば、話のネタが出ず困ってる時に押したとしてもだ、それって結局、話のネタが出ずに困ってる自分が
もう一人増えるだけで、なんの意味もねえって事なんだよな」

「そうそう、そやからゆうて、なんか他の事させよう思ても、自分に言われてやるワケない、自我のぶつかり合いや、
それやったら最初っから一人でやった方がよっぽどマシっちゅうこっちゃ」

「結局なんの役にもたたない、無用の長物って事だよな、ちょっと考えりゃ分かる事なんだがなあ・・・」

「ホンマにもう、大バカ詠美やなあ・・・」

呆れる二人をよそに、詠美x2のぶつかり合いは、まだ終わりそうにない。

「あのコも、さっさとコピーの鼻押しゃ済む事やろうに、なにやってんねんな」

「頭に血が昇っちまって、そんな事も忘れてんだろ、ま、もう少ししたら、行ってやるか」

「そうやな」

軽く笑って頷き合う和樹と由宇、詠美VS詠美は、今まさにクライマックスを迎えんとしていた。

「「うぅぅぅ、あたしのくせに、あたしのくせにぃぃ!!!」」

会場内に響き渡る、二人の詠美の叫び声X2、それを見守る人の群れ。

事の成り行きを見つめ、苦笑いする和樹と由宇。

こみパは、今日も平和であった。


お・し・ま・い



あとがき

どーも、MAS@です。
今回は、こみパより、詠美ちゃんさまと、漫画界のメジャーアイテム、コピーロボットをからめてみました。
えっ? 発想が貧困? ううう、すみませーん、確かに誰でも思い付く様な話ですよね (^^;
ちょっと最後の方が、尻すぼみになってしまいましたが、軽い気持ちで読んでくだされば幸いです。
実際にコピーロボットがあったとしたら、自分なら、どんな風に使おうかなあ。
色々と想像(妄想?)は尽きませんが、皆さんなら、どうしてみたいですか?
お便り、ご感想待ってます、でわ!
 ○ 感想送信フォーム ○ 
一言でもいいので、読んだ感想をお送りください。
返信を期待する方はメールアドレスを記載してください。
●あなたの名前/HN
(無記入可)
●あなたのメールアドレス
(無記入可)
●文章記入欄
感想の内容を書いてください。
(感想、疑問、要望、クレーム等)

SS目次へ