すーぱー まりお わーるど!!

第九話「まりお かんびょー」

written by 李俊

「浩之さーん、起きてくださ〜い」
その声と共に、カシャアッと音を立てて、カーテンが開かれる。
「うう……」
開いた窓からこぼれる光が、目を閉じていてもわかるほど眩しい。

人によってはこの眩しい光がすがすがしい気分にさせ、気持ちよく起きられる人もいるだろうが。
少なくとも、今日の俺にはそんな効果は全く無かった。むしろ、逆。
朝日に弱い吸血鬼のような気分で、俺は光から逃れるように布団を頭に被せた。

「浩之さん、朝ですよ〜」
ゆさゆさと布団の上から俺の身体を揺り動かす動き。
間延びした言葉と合わせ技一本で、確実にマルチだと断言できる。マリオなら、多少強引な起こし方をするので確実に起きられる……というか起こされるしな。
……ということは、朝食担当はマリオか。そっちはちょっと期待してもいいかも。
別にマルチが下手だというわけではない。ただ、彼女の場合レパートリーが少ないので、大体想像が着いてしまうのが悲しいところだ。
「ひろゆきさぁぁぁん、おぉきてぇぇくださぁぁいぃぃぃ」
揺さぶりが多少大きくなり、マルチの声のボリュームも上がってくる。だが悲しいかな、この揺さぶりは俺の睡眠欲を増幅させる効果しかなかった。
「……あと1時間寝せろー」
マルチが来た最初の頃はこのセリフで「わ、わかりました」と一発で寝かせてくれたのだが、マルチも学習したのか今は通用しない。
「はわゎ、ダメですよ。1時間も寝ちゃったら講義に遅れますよ〜」
「じゃ30分」
「30分だと、電車の時間に遅れますよ〜」
「じゃあ……」
何とか布団に入ってる時間を延ばそうとしていた時。
バタバタとスリッパの音が階段を上ってくる。そしてバタンと乱暴に扉を開け、誰かが入ってきた。
「いつまでやってるんですか! 朝食の用意出来てますよ!」
マリオの声だ。
最近のマリオは実に感情の起伏が激しい。
それだけ人間に近づいたということなんだろうか。
「ご、ごめんなさいマリオさ〜ん」
「謝るべきはマルチ姉さんじゃなくて浩之さんです! さあ、布団から出てください!」
すごい剣幕で迫ってくるマリオの声。たまらず、俺は布団から首を出した。
マリオは眉を吊り上げて俺を見据えている。
「や、やあマリオ。今日もいい天気だね」
多少声が上ずりながらも、そう挨拶する俺。
「ええ、いい天気です。だから早く朝食食べて学校に行ってください」
口元は笑っているが、目と眉は笑っていない。
こういう時は、下手に逆らわない方がいい。
その方がいい……というのはわかっているのだが……。
「……しまった! 今日はどうしても外に出れない理由があるんだったぜ!」
つい、そんなことを口走ってしまう。
「見たいテレビがあるんですよね?」
ニコッと笑い、そう返してくるマリオ。
「おお、良く判ったな」
「浩之さん?」
「なんだ?」
パァン、と乾いた音。
「ひっぱたいていいですか?」
「……叩いてから言うな」
俺は衝撃で横を向いたまま、マリオの言葉にそう返した。
ジンジンと痛む頬。
いや、判っていたんだ、こんな風になるのは。
「早く起きないともっとやりますよ?」
ピッ、と手の平をかざすマリオ。
……本気だ。これは本気の目だ。本気と書いてマジと読むぅぅ!
「わかったわかった。あかりが来る前には起きておかないとな」
マリオの上げた手と自分の頬の間を手で遮りながら、俺はゆっくりと身体を起こした。
今日の最初の講義はあかりと同じなので、一緒に行くことにしていたんだった。
だが次の瞬間、マルチが信じられないことを言い出す。
「いえ、あかりさん、もう来てますけど」
「何っ? ホントか!?」
寝耳に水だ。
俺の言葉に、マリオが頷いてみせた。
「ええ、下ですでに待ってますよ」
それを聞いて、俺は浮き足立った。
メイドロボ2人掛かりでようやく起こされているなどと、例えあかりでさえも知られたくはなかったのだが。
つい、口から出る言葉も語気が強くなる。
「バカたれマルチ! そういうことは早く言え!」
だが、その俺の言葉はマルチに正しく伝わらなかった。
「あかりさんもぅ来てますけどっ!」
「だーれーがー早口で言えと言ったか〜! 起こす時に言えって意味だっ!」
「す、すみませぇぇん」
「ったく、色々やってたせいで暑くなっちまっただろが」
俺はそう言いながら身体を起こし、着ていた寝巻き用のトレーナーを脱いだ。
「元々の原因は浩之さんのせいです」
俺の外出着を取り出しながら、冷静に言い放つマリオ。
はいはい、そーですよ、なかなか起きようとしなかった俺が悪いんです。
「……ですけど、室温は快適な温度に保たれてますよ。そんなに暑くなるとは思えませんが」
そう言いながら、マリオは俺に着替えを渡す。
「ああ、そんなこと言ってる場合じゃない! 着替えるから、お前ら出てけって」
「はいはい、早く用意してくださいね。ではマルチ姉さん、私たちは出てましょ」
「あ、はい〜」
「ふう、さて……」
俺は、着替えるべくベッドから立ち上がった。
だが、急なめまいに襲われ、ペタンと床に座り込んでしまう。
「あ、れ?」
その様子を見て、出て行く途中だったマルチが戻ってきた。
「ひ、浩之さん、どうしたんですか〜?」
「いや……なんか、頭がフラフラして」
頭を抑えて、そう返事する。
……立ちくらみとは、少し違う感じだ。
「もしかして、風邪ですか?」
「言われてみれば、ちょっと熱っぽいような……」
マルチの後ろにいたマリオが俺の顔を覗き込んだ。
「そういえば、お顔が優れませんね」
「それを言うなら顔色だろが……いや、マジで俺の顔色どうだ?」
そう言って俺は、正面から顔全体を見えるようにした。
ちょっと眉をひそめたマリオは、じっと俺の顔を見つめる。
「……少し具合悪そうな感じですね。ちょっと待ってください」
そう言ってマリオは俺の額にかかる髪をすくうと、俺の顔に自分の顔を近づける。
そして目をつぶり、自分の額を俺の額にピタと当てた。
あ、ひんやりして気持ちいい。
しかし、整った顔してるよな。唇も綺麗だし。
……なんてボーっとした頭で考えていると、マリオの唇が言葉を紡ぎ出す。
「……37度3分。ちょっと熱が出てますね」
そう言って今まで閉じていた瞳を開くマリオ。
目と目が合う。
……ちょっと、時が止まった感じがする。
「あいてっ」
その瞬間、コン、と俺の頭をマリオの拳が軽く殴った。
「全く、夜遅くまでゲームしてるからです。普段の不養生がこういう結果を招くんですよ」
「むう……」
返す言葉がない。
何しろ、最近発売された『えふえふぺけ』を夜通しやってて、ここ数日は睡眠時間は3、4時間しか取っていなかったのだから。
「熱あるんじゃ、今日は講義出られませんね。あかりさんに伝えてきます!」
「あっマルチ! ちょ、ちょちょちょい待て!」
しかしマルチは俺の言葉が届かなかった様子で、バタバタと階段を下りていってしまった。
「……どうしたんです?」
「い、いや。マルチが伝えるとだな……」
全部言い終える前に、ドタバタ階段を上がってくる足音。
「浩之ちゃん!? 大丈夫!?」
血相を変えて飛び込んできたあかりを見てマリオは、ポン、と手を叩いた。
「こういう結果になるというわけですね」
「そういうこと……」
つまり、『マルチが急いで伝えようとする→あかりはその様子から容態が悪いと判断する→血相変えて飛び込んでくる』というお約束三段論法となるわけだ。
「浩之ちゃん、熱は? お腹は痛くない? 咽喉は? 筋肉痛とかはない?」
コイツは……。昔から、俺が風邪引いたと言うとこんな感じで聞いてくる。俺は子供じゃないっつーの。
「あー、あかり。心配はご無用だ。熱でちょっとクラクラするだけで、腹も咽喉も筋肉もダイジョーブだ」
「そ、そう?」
俺の言葉を聞いて、少しは安心したようだ。
その様子を見て、部屋に戻ってきていたマルチも安心した顔を見せる。
「あかり、今日はお前だけで講義出てくれや」
「ダメだよ、浩之ちゃん調子悪いのに私だけ行ってられないよ」
あかりが首を振ったが、それではダメなのだ。
「いや、どうしても行ってもらわないと困る」
「なんで?」
「ノート取って、後で見せてもらわんと」
今日の講義内容は、少しばかり重要だ。
さすがにグータラー学生の俺とはいえ、要所要所は押さえて置く必要がある。
「あ、ああ……なるほど。うん、わかった」
少し考えてたあかりが、頷いた。
「じゃ、時間もないし私行くね」
「おう。頼むぞ」
俺が頷いたのを見てあかりは立ち上がり、マリオとマルチに微笑んだ。
「マリオちゃん、マルチちゃん、浩之ちゃんのことよろしく」
「はい。お任せください」
「が、頑張ります!」
あかりが、手を振って出て行った。

 ☆☆☆

その後持ってきてもらった朝食を食べ、薬を飲んだ。
……薬の副作用か、それとも睡眠不足のせいか、すぐ睡魔に襲われ、しばし眠りにつく。

次に気が付いた時には、すでに時計は11時を過ぎていた。
マリオはベッドのすぐ近くに座っていた。その脇には水の入った洗面器がある。
その時始めて、額の上に濡れタオルが乗っているのに気付いた。
マリオが乗せてくれたのか、水で冷えたタオルの感触が心地よい。
……マルチは部屋の中にはいないようだった。家の中の掃除でもやっているのだろうか。
「浩之さん」
「ん?」
不意に話し掛けられ、俺はマリオの方を向いた。
その動きで額からずり落ちたタオルを取り、マリオは水に浸け直す。
……俺が目を覚ましたのに気付いて、話しかけたのだろうか。
「あかりさんに、あまり借りを作らない方がいいんじゃないですか?」
一瞬、なんのことを言っているのか判らなかった。
少し考えて、今日のノートを取ってもらってることだと思い付く。
「……なんでだ? 借りって言っても小さなもんだろう」
「なんでって……その小さな借りが積み重なって、そのうち頭が上がらなくなりますよ?」
「ハハ、俺もあかりもそんな些細なこと気にしてないって」
手をヒラヒラーとさせて、俺はマリオの言葉を打ち消した。
「いえ、チリも積もればチリペッパー、弱肉強食の焼肉定食と言うじゃないですか」
「……なんだそりゃ」
「浩之さんが以前言ってた言葉です」
「あら、そう」
俺もアホな言葉を教えてしまったな。
後で長瀬のおっさんや七瀬さんに睨まれそうだ。
「……浩之さん」
「ん? なんだ?」
「浩之さんって、あかりさんが好きなんですか」
「な、ななな……」
いきなりな質問に、言葉に詰まる。
なんとかコホン、とひとつ咳払いして、間を取った。
「何を言ってるんだマリオ、俺の愛しているのはマイスイートハニー、君だけだぜ」
ニヒルな笑みを浮かべ、俺はマリオの手を取り、そう告げる。
マリオから見れば、キラキラと目が輝いて見えているだろう。
だがマリオは俺の手を抑え、手を自分の胸に当てた。
そして視線を逸らしたまま、呟く。
「……浩之さんって、ズルイですね」
「なに! それはどういう意味だ!」
その俺の言葉に、今度は俺の顔を見てニッコリと笑った。
「『テキトーな事言ってオイシイところだけ頂いちまおうグフフフフ』とか考えてそうって意味です」
「ええい、はっきりと言いやがったな!」
「はい、言いましたよ。図星ですか?」
はい、図星です。ゴメンナサイ。
しかし別に、全くの嘘を言ってるって訳でもないんだがな。
……ちょっと反撃に出ることにした。
「お前がそういうことを言うなら、俺も言いたいことを言わせてもらうぞ!」
「えっ? な、何ですか」
お、ちょっと驚いた顔だ。
「……昼飯はうどんにしてくれ」
ぱちくり、と見開いた目がまばたきした。
次の瞬間、彼女の頬が緩む。
「あ、あはははは!」
よし、笑わせ作戦成功。
俺は誰に見せるともなく、親指を立てた。
「……あは、あはは……うどんですね。じゃ、作ってきます」
「おう」

昼食に用意されたマリオとマルチの合作うどんは、ことのほか美味かった。
そして薬を飲んで、また眠りにつく……。

 ☆☆☆

……あかりの声が聞こえる。
「よく寝てるね。これなら、風邪もすぐ治るかな」
「そうですね。昼食もしっかり食べましたし」
今度はマリオの声。
「じゃ、私、夕食用のお買い物してくるよ。風邪に負けないメニューにしないとね」
「あ、私も一緒に行きます」
どうやら、あかりとマルチが買い物に言ってくるらしい。
風邪に負けないメニュー……か。
あかりー。俺としては女体盛りなんかが食べたいかなー。
そしたら風邪なんて一発で治る、いや治してみせるぜー。
……なーんて、な……。
ぐー。

 ☆☆☆

あかりとマルチは、近所のスーパーへと向かっていた。
「今日は、消化が良くて栄養のあるメニューにしなくちゃね」
あかりがそう話しかけるとマルチも、
「そうですね。消化がよいと言えば、大根でしょうか」
と答える。
「そうねぇ。大根サラダとかにすれば、サッパリとしてて食べられそうかな」
「で、栄養のある食べ物と言えば……スッポンですねっ!」
「さ、さすがにスッポンはどうかと思うけど……」
そんな風に談笑しながら歩いていた、その時。
ぷちっ……とあかりの足元で音がした。
「あれ?」
立ち止まり、音のした部分をしげしげと見るあかり。
「どうしました?」
「くつひもが切れちゃった……」
あかりが履いているスニーカーを指差す。
指差したその先のくつひもの一部は、見事に千切れていた。
「……この靴、結構新しかったんだけどなぁ」
あかりは、切れた紐を結ぼうとしゃがみこむ。
その時、あかりの腰に付いている携帯電話から、ポロリと何かが外れて転がった。
「あれ、あかりさん。何か落ちましたけど」
落ちたそれを拾い、あかりに見せるマルチ。
それを見たあかりは、あっとびっくりしたような表情を見せる。
「携帯ストラップの人形の首だ……。これ、浩之ちゃんに貰ったのに……」
「取れちゃったんですか?」
「うん……」
あかりは頷きながら、マルチから人形の頭を受け取り、ポケットに入れた。
そして気を取り直し、再度、靴の紐を結ぼうとする。
「ニャーン」
ふと、あかりの前方で猫の鳴き声が。
顔を上げてそちらを見ると、真っ黒な猫が鳴き声を上げながら、あかりたちの前方を横切っていた。
「あ、猫さん。真っ黒ですねー」
マルチは嬉しそうな顔をしている。だが、あかりの顔色は真っ青だった。
「黒猫が鳴いてる……。そして、くつひもが切れて、浩之ちゃんに貰った人形の頭が取れた……。こ、これは……」
「すごく縁起がいいですね!」
「ぎゃ、逆だってばマルチちゃん! 縁起悪いの!」

 ☆☆☆

「おわああああああああああああ!!」
俺の叫び声が部屋に響く。
宙のなにもないところを凝視し、その両手は何かを掴もうとするかのように上に突き出している。
「ひ、浩之さん!? 大丈夫ですかぁぁっ!?」
傍らで本を読んでいたらしいマリオが、血相を変えて俺の側に詰め寄ってきた。
俺は、ピタと動きを止め、何事もなかったかのように元に戻る。
そしてマリオの顔を見て……。
「いや、単に叫びたかっただけ。あースッキリした」
これ以上ないくらい、すがすがしい笑顔でそう言った。
マリオは、俺の笑顔につられて笑顔になり……。
「……ちょっと呼吸困難に陥ってみます?」
そのマリオの右手は、俺の首筋にぴったり当てられていた。
「そういうこと笑顔で言わないでくれ……冗談だって」
……ゆっくりと手を戻し、マリオは頬を膨らませた。
「全く。健康体だったなら止めたりせずにキュ、とやってますよ」
そ、それは怖い。
「ブレーカーが落ちるかと思いましたよ」
「わ、わりぃ。ちょっと驚かせたくてな」
胸に手を当てているマリオの姿を見て、ちょっとだけの罪悪感と驚かせた達成感とが交じり合い、それが口元に微妙な苦笑となって現れた。
その時、電話が鳴る。部屋に置いてある子機だ。
俺が手を伸ばすよりも早く、マリオがそれを取った。
「はい、藤田です。……ああ、あかりさん」
掛けてきたのはあかりか。
「ええ、思った以上に元気ですよ。毒でも飲まない限りはそう簡単には死なないと思いますけど」
……何だか恐ろしいことをサラッと言ってるな。
「はい、じゃお気をつけて」
それだけ言って、マリオは子機を元の場所に戻した。
「……何の用だったんだ?」
俺の言葉に肩をすくめるマリオ。
「……さあ。浩之さんが心配になって掛けたらしいですけど」
「そうか。まぁあいつも心配性だから……」
その時、俺はふとある疑問を思い付いた。
「なぁ、マリオ」
「何ですか?」
「メイドロボも風邪とかって引くか?」
後で思えば、アホな質問だったと気付いただろう。
しかしこの時の熱に浮かされた頭では、それは別段変だとは思わなかった。
「いえ、さすがに風邪は引きませんけど……ウィルスに感染してしまうことはあります」
ウィルスと聞いて、一瞬コレラやらエイズやらが思い付いたが、すぐにそれを打ち消した。
いや、まだ俺はボケちゃいない。この場合のウィルスと言ったらアレだ。
「コンピュータウィルスか?」
「ええ、最近はサテライトサービスなどでも感染する事例があるらしいですから。感染すると変な行動を取ったりするそうなので、私としても怖いですよ」
「なっ!? 変な行動を取ったりする、ということは……」
「ええ、とても危険……」
マリオが何か言いかけたのを無視して俺は言葉を続ける。
「いきなり服を脱ぎだして、裸で阿波踊りをしたりするというのか!?」
ガクリ、と呆れた表情で脱力するマリオ。
「さ、さすがにそこまではしないと思いますけど〜」
「いや分からん。そのウィルスを作った奴が、阿波出身の変態だったりすれば有り得る話だ」
俺がマジな顔で言うもんだから、マリオもつられてマジに考え込む。
おー考えとる考えとる。ここらへんはまだ素直だよな。
「……そ、そうでしょうか」
「でも、安心しな。その時は、俺が助けてやる」
「浩之さん……」
おお、マリオが俺の顔を見つめている。頼りにされてる感じだ。
ここは俺の包容力をアッピールしておこう。
「俺が優しく抱きしめて、愛の力で直してやるぜ……」
かっこよく手を差し延ばして、俺はそう告げた。
「それは結構です」
だが、プイとそっぽを向くマリオ。
うう……キッパリと否定されてしまった。しょうがないのでギャグに持っていこう。
「なに!? 激しく抱かれる方が好きってか! ウヒャー大胆発言だな!」
「違いますってば! そんなこと言う人は嫌いになりますよ!」
「す、すまんすまん、ちょっとからかい過ぎた」
マリオの眉の角度がかなり上向きになってきたので、俺は素直に謝ることにする。
……マリオも、別に本気で怒ったわけではないようだ。
「もう、もっと具体的な直し方を言うのかと思ったら……」
「ああ、ウィルス感染の具体的な直し方となると俺はお手上げだ」
両手を上にあげ、俺は『お手上げ』のポーズを取る。
「だと思います。長瀬さんや七瀬さんでもかなり苦労するでしょうから」
そう言いながら、マリオは俺の額に手を当てた。
……少し、暖かい感じがする。
「熱はある程度下がったみたいですね」
手を離し、微笑むマリオ。その笑顔につられて、俺も微笑む。
「お、そうか。サンキュな」
「いえいえ……」
マリオは言いながら、洗面器とタオルを片付けようと腰を浮かそうとする。
……俺はなんとなく、彼女の手を取った。
「……どうしたんですか?」
「なあ、マリオ」
「はい?」
小首を傾げるマリオに、少しマジな顔で、話し掛ける。
「お前がウィルスに感染したら、俺がなんとしても治してやるよ」
「……」
マリオは、まじまじと俺の顔を見た。
「まぁ、結局は長瀬のおっさんあたりに任せるようになるだろうけどさ……」
「……浩之さん」
「それが、お前を預かった俺の使命だからな」
この言葉は、今日看病してくれたお礼というか……俺の感謝の気持ちだった。
もちろん、いつもいつも、俺の世話をしてくれていることに対しても感謝してる。
それは、相手がメイドロボだとしても変わりはしない。
だから、もしもの時は俺がやれることのことはやろう……そう、思ってる。
「浩之さん」
マリオが俺の顔を見つめている。
心なしか、その瞳が潤んでいるような気がした。
「な、なんてな。ちょっと臭いセリフだったか?」
マリオの口元が笑みを作った。
「浩之さん、あの……」
「な、なんだ?」
少し、胸がドキドキしている。
「そ、その……」
マリオも、少し顔が赤いみたいだ。
……その口が、次の言葉を紡ぎ出した。

「鼻水垂らして言われても、説得力が……」

ガガーン!!
言われて鼻を触ってみると、マリオの言う通り鼻水がタラーンと垂れていた。
マリオは、たまらずクスクスと笑いを洩らした。
「ふふふ、ちょっと待ってください。……はい、チーン」
ティッシュを手にしたマリオが、俺の鼻にそれを当てて、『よい子の鼻をかんであげる優しい母親』よろしく俺に言葉を掛ける。
子供扱いされてるようでちょっと癪だったが、マリオがあまりにも優しい顔をしてたので、黙って鼻に力を入れた。
……ちーーーーーん。
「はい、よくできました♪」
な、情けない。
大学生にもなって鼻をかんでもらうとは……。
「……ちょっと寝るわ」
ちょっとした羞恥があったのと、少し生まれた睡魔に誘惑され、俺は頭から布団を被った。
「はい。じゃ、夕食になったら呼びますから」
マリオの声が聞こえて、洗面器などを片付ける音が聞こえる。
そして扉の開く音がして、彼女は部屋から出たようだった。

……扉の閉まる間際に、「嬉しかったです」という小さな声が聞こえたような気がした。
なんとなく嬉しくなって。
俺はそんな穏やかな気分のまま、まどろみの中に意識を委ねた。

俺って、結構……幸せ者なのかも、な……。

 ☆☆☆

「浩之さん、起きてください♪」
その声と共に、カシャアッと音を立てて、カーテンが開かれる。
「うう……」
開いた窓からこぼれる光が、目を閉じていてもわかるほど眩しい。

昨日はあの後、あかりたちのスペシャル風邪引きさん用ディナーを食べて休んだ。
食後に飲んだ薬ですぐ眠くなり、それから今までグッスリと寝ていたらしい。

「浩之さん、朝ですよ」
ゆさゆさと布団の上から俺の身体を揺り動かす動き。
優しいながらも適度な強さで動かされ、それは確実に眠りの中から引き戻す力があった。
「……た、太陽の光で溶ける〜」
実は、もう目は覚めてる。睡眠時間は取りすぎるほど取っていたから。

熱も引いてるし、鼻水も止まってる。
今日は実に、調子がいい。

揺り動かす動きが止まり、耳元で声を掛けられた。
「……じゃ、溶ける前に起きてください」
僅かに息がかかり、少しこそばゆい。
何となく気持ち良くて、もう少しそのままでいたくて、俺は「んー」と返事するだけだった。
次の瞬間。
「いててててっ」
耳を引っ張られた。たまらず、引っ張られてる方向に頭を起こす。
目を開けて見てみると、マリオが眉の角度を上げて微笑んでいた。

「目が覚めてるんなら、早く起きてくださいね♪ 健康な人には手加減しませんよ?」

看病モードはもう、終わったらしい……。



ちゃんちゃん。




あとがき

新世紀になって初めてのマリオさん。
随分ご無沙汰してました……やれやれ。
夏コミ用原稿を上げて、なんとか「SSを書く生活」に戻そうと思い、書き上げました。

今回は、数日前に引いた自分の風邪闘病体験を元ネタにお送りしてみましたが、どうだったでしょう。
なんかマターリとした内容になっちゃったですが……。

夏に風邪なんて引くもんじゃないですな〜。
特にウチなんて冷房ないもんだから、暑いわ熱あるわ鼻水出るわでなかなか治りませんでした。
3日ぐらい掛かりましたネェ。
体力もかなり消耗しますし。
皆様も夏風邪には気をつけよー。

感想、お待ちしてます。
マジで感想が次を書く原動力なんで、1行でもよいのでください。
ここらへんはどういう意図なの?とか、聞きたい方には解説とかしますしー。
SSのネタとかこんな話がいいかなとかいうのもあると参考にしますので。
お願いダス〜。パワーをおくれヤス〜。

ではでは。

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