すーぱー まりお わーるど!!

第八話「まりお せきめん」

written by 李俊

夜の藤田家。

「あ゛〜う゛〜」
情けない声を上げる浩之。
その肩を、マルチが揉みほぐしていた。
「浩之さん、凝ってますねぇ〜」
先に浩之に言われた指示通り、少し強めに揉んでいる。
それを横目に眼鏡を掛けたマリオが、浩之のTシャツの裁縫をしていた。
「……朝からパチンコに行って、日が暮れるまでやっていればそうもなります」
そのにべもないセリフに、痛みと気持ち良さの混ざり合った複雑な表情のまま、浩之が答える。
「あ゛ー、最近マリオもハッキリ物を言ってくれるじゃねぇ〜かぁぅあぅあ」
その声の最後の方はマルチの肩揉みで波打っていた。
「私は元から、思ったことはハッキリ言ってますが?」
浩之の方は向かず、手元の浩之のTシャツの袖を縫いつけているマリオ。
浩之は揉み続けるマルチの手を取って、マッサージを辞めさせた。
「そうだが、最近は特に『ズビィッ』『ズバァッ』と来るものがあるぞ」
首を2、3度交互にかしげ、ほぐれた感触を確かめながら、浩之はマリオに告げる。
すると、マリオはにこ、と笑い掛けながら答えた。
「それは浩之さんの心の問題でしょう。やましいと思うから、そう感じるんです♪」
それに苦笑する浩之。そして。
「やっぱ、似てるな」
とだけ言った。
それに、キョトン、とした顔になるマリオ。
「似てるって、何にですか?」
マリオの代弁をするかのように、マルチが聞いてきた。
「何にって……綾香にだよ」
浩之の言葉に、マリオは納得したように頷いた。
「ああ、はい。でも、モデルなんだから似てて当たり前……」
しかしマリオの言葉が終わらないうちに、浩之はそれを制し、話を続けた。
「いや、外見じゃなくて性格がさ。笑いながらズバッと袈裟斬りにするようなその言い方、綾香そっくりだぜ」
「そう……ですか?」
マリオ本人には、よく判らないみたいだった。
綾香との面識はそれほどないのだから、それも仕方のないことかもしれない。
「言葉遣いは綾香の方が馴れ馴れしいけどな。性格のモデルにもなってるのか?」
浩之に聞かれて、マリオは少し首をかしげる。
「ええと……性格は七瀬さんが構築しましたけど。詳細は聞いてないです」
「七瀬? ああ、こないだの仏頂面の」
浩之は以前に訪れた愛想のない技術者の顔を思い浮かべる。
その浩之の言葉にマリオは困ったような苦笑を浮かべ、言葉を返した。
「仏頂面……はともかくとして、その七瀬さんです」
マリオにとっては七瀬は親みたいなもので、あまり彼のことを悪く言われたくないだが。
しかし、彼が普段他の人間に見せている姿からすれば、『仏頂面』と言われても仕方ないのかもしれない。
そんな彼女の苦笑だった。
「ふむ。じゃあ、詳しくは七瀬さんじゃないと知らないのか」
浩之はマリオの表情には気付かず、思いを巡らせている様子だった。
今まで黙って話を聞いていたマルチが、突然閃いた、といった嬉しそうな表情で浩之に話し掛ける。
「浩之さん浩之さん、綾香さんなら知ってるかも知れませんよ」
浩之もすぐにその答えに行き着いていたのだが、思いのほかマルチが嬉しそうに話すので、それに笑って頷く。
……マルチのその言葉が終わるとほぼ同時に。

ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴った。
「誰だ? こんな時間に」
現在の時刻は午後9時。
夜、藤田家に尋ねて来る者はあまりいない。
いるとしてもあかり位で、彼女にしても大抵は前もって電話してから来る。
今回のようにアポ無しで来るような者は、浩之に心当りは無かった。
「私が出ますね」
マルチが立ち上がろうとすると、浩之がそれを制した。
「ああ、いいよ。俺が出る……今の時間、マルチだと少し不安だ」
「す、すいませ〜ん」
マルチも分はわきまえていて、浮かせた腰を再び下ろす。
「それなら私が……」
「いや、マリオはそれ、そのまま続けといてくれ」
マリオの手にしたTシャツを指差してから、浩之は玄関へ向かう。
それを、マルチとマリオが見送った。

「さて誰なんだ、こんな時間に来るような奴は……」
ブツブツ言いながら、浩之は玄関のドアを開けた。
ドアを少し開けたとたん、人間の頭が隙間からにゅっ、と入ってきた。
「はい、こんな奴です」
その口が動き、浩之の先ほどの独り言に答える。
驚きで一瞬言葉を失う浩之。
しかし、それが見知った顔だということに気付いて、すぐ表情を崩した。
「……なんだ綾香、こんな時間にどうした」
彼女、来栖川綾香を玄関に招き入れて、浩之は尋ねる。
「ちょっと、浩之に言いたいことがあって、ね……」
綾香は少し言いにくそうに、恥ずかしげに顔を逸らし言った。
「あのね……私、赤ちゃん出来ちゃったみたい……」
「は?」
間抜けな声で聞き返す浩之。
確かに、いきなり「赤ちゃんできた」などと言われたら、そうなるだろう。
綾香は微笑み、浩之の手を取った。
「浩之、責任取ってね?」
優しく、しかししっかりと綾香に手を握られ、浩之は戸惑う。
「ちょっと待てよ、何で俺が?」
聞き返す浩之に、綾香はなお微笑み返す。
「だって浩之の子ですもの……」
「ええええええええええええええええええええええええ!!」
綾香の告白に大声を出したのは、浩之ではなかった。
いつのまにか居間から出てきていた、マリオが発した声である。
「マリオ!?」
「ひ、浩之さん、不潔ですっ!」
仕事用の眼鏡はまだ外しておらず、そのレンズの向こう側の瞳は、涙で潤んでいた。
「綾香さんと、そ、そ、そ、そんな関係だったなんてっ! しかもここ子供まで作っちゃうなんて!」
「ま、待て、誤解だっ! 俺は何もしてない!」
マリオはすっかり綾香の言葉を信じている様子だった。
ノリはひと昔前の昼メロドラマのよう。ただし、両人ともいたって真面目だ。
「ゴカイもホラガイもありません! 浩之さんには失望しましたっ! このエロ鬼畜ぅぅぅ!」
「うぐっ……頼むから、話を聞いてくれ」
マリオの容赦ない言葉責めに精神的ダメージを受ける浩之。
しかしマリオの口撃は止まらない。
「いいえ! どうせ避妊もしないで自分のやりたいようにやってたんでしょう! この変態どすけべぇぇぇ!」
「ふぬおっ! ちょい待てい! 身に覚えのないことで何でそこまで言われなければならんのだっ!」
さすがに何度も言われたくない浩之は、強い調子で言った。
それを聞いて、取り乱していたマリオはピタ、と動きが止まる。
「……え? 身に覚えがない?」
「ああ……全く覚えがない」
ようやく話が通じるようになったマリオの様子を見て、浩之はため息交じりに言った。
しかし、再びマリオは涙ぐむ。
「じゃあ、お酒飲んで記憶を無くしている間に本性が出て無理矢理……」
そこまで言われて、さすがに浩之もキレて叫んだ。
「やっとらんっちゅーねん!」
……なぜか大阪弁だったがそこは気にしない。
マリオも、その真面目に怒っている顔を見て、疑うのを辞めたようだった。
「それから……綾香、お前もホントのこと言え!」
じっと握られてる手で綾香の手を握り返し、強い調子で言う浩之。
それに対し、綾香は苦笑して答えた。
「あ〜……だって、妊娠の兆候出てるんだもん」
「兆候?」
いぶかしげに聞く浩之に、綾香が説明する。
「そう。最近、酸っぱいもの食べたくなったりとか……」
「お前は元々、酸っぱいもの好きだろう。以前だってレモンとかもずく酢とか梅干しとかガバガバ食ってたじゃないか」
浩之のツッコミには答えず、綾香は説明を続ける。
「それに、今、吐きそうなくらい気持ち悪いのよ……これはツワリだわ」
「ナニ? 吐きそう?」
「うん、……うぷ」
確かに、綾香の顔色は良くなかった。
玄関の暗めの照明でも、彼女の顔色がいつもより悪いことが判る。
「それに、何だかお腹のあたりが重苦しいし……」
そう言って、お腹の辺りをさする綾香。
そこまで言われて、浩之はある推論を導き出した。
「あー綾香さん、つかぬことをお伺いいたしとうございますが」
突然浩之の口調が丁寧になったことに、苦笑する綾香。
「なに? 慣れない言葉使うと舌噛むわよ?」
「んなのはいいから。最後に取ったお食事は何をお食べになりました?」
浩之に問われて、綾香は上を見上げて、思い出すような仕草をする。
「えーと、昼過ぎにニンニクネギ味噌ラーメン大盛りを2杯ほど……」
綾香の返答を聞くやいなや、浩之は綾香の手を握り直し、空いている方の手で綾香の腰を抱えた。
「気持ち悪いのはそれだろ! マリオ、綾香を居間に連れてくぞ!」
「は、はいっ」

居間のソファに横にされた綾香は、マルチが用意した蒸しタオルを顔に被せて、苦しげにうめいていた。
「お前なぁ……調子悪いなら悪いって最初から言えよ」
浩之が、呆れた口調で語りかけた。
それに、顔に被せていたタオルを持ち上げ、浩之の顔を見る綾香。
「だって……こんなチャンス滅多にないじゃない。浩之に一発ギャグかますチャンスなんて」
その不敵な笑みも、いつもより弱々しい感じだ。
「んな身体張ったギャグやらんでええわっ。おめーは芸人かよ?」
そう浩之に言われて、綾香は苦笑した。
「んー、ちょっとだけ驚かして、すぐばらすつもりだったんだけどね……マリオが思いっきり驚いちゃったもんだから、つい乗っちゃって」
「す、すいません」
マリオは謝りながら、お茶を入れた湯飲みを綾香に差し出す。
「少しは楽になると思いますので、飲んでください」
「うん、ありがと……」
少し起き上がり、湯飲みを受け取った綾香は、それに口を付ける。
そのぬるめに入れられたお茶を、喉に流し込んだ。
「ふぅ」
空になった湯飲みを置き、一息。
「……さて、マリオ先生。綾香さんの病名は?」
浩之は、そうマリオに聞いた。
口には出さなかったが『聞かなくても判るけどな』というニュアンスがありありと表れている。
マリオもそれを感じ取っていて、それに苦笑して答えた。
「はい、食べ過ぎですね」
「話を聞けばすぐ判りますよ〜」
マルチも、マリオの言葉に続く。
「だ、そうだ」
ニヤニヤと笑いながら、綾香に言葉を掛ける浩之。
それに、ぷぅ、と頬を膨らませて、
「そんなの、判ってるわよ……」
と綾香は拗ねた表情を見せた。

少し時間が経ち、綾香の顔色も、いくぶん良くなってきた。
浩之とマリオの介抱のお陰だろうか。(マルチは、家事の残りを任されていた)
……多少、気分が楽そうになった綾香に、浩之は疑問を投げかけた。
「……どうして、ここに来たんだ?」
浩之の言ったその言葉には『調子悪けりゃまっすぐ帰ればいいのに』というニュアンスが含まれている。
それに対する綾香の答えは、こう。
「だって、ずっと山ごもりしてて、全然会ってなかったから……久しぶりに、会いたかったんだもん」
エクストリーム界のスーパースターである綾香は、更なる強さを求めて山にこもっていたのだ。(前話参照)
「会い……たかった?」
綾香のその言葉に、思わずドキ、と浩之の胸は高鳴った。
「そう……会いたかったのよ、あなたに」
綾香は微笑みながら手を伸ばし、テーブルに置かれている手に重ねた。

……浩之のではなく、マリオの手に。

『え』
浩之とマリオの声が見事にハモった。
「だって、こんなに可愛いんですもの〜」
マリオの手にすりすりと頬ずりする綾香。
それはどことなく主人にじゃれている猫のようにも見えた。
困ったような顔で、マリオはなすがままになっている。
「可愛いって……お前、マリオのモデルのくせに」
呆れた声をあげる浩之。
しかし綾香は、
「可愛いものは可愛いのよぉ〜」
と離す様子はない。
……その時浩之は、話していたマリオの性格のことを思い出した。
「そういやあ綾香、お前マリオのモデルなんだろ? どこまで関わってるんだ?」
「え? どこまでって?」
浩之に聞かれたことで、綾香はやっとマリオの手を離した。
「いや、マリオの性格ってお前に結構似てるからさ」
浩之に指差されて、笑いながら綾香は答える。
「……あぁ、私の関わったのは外見だけよ。ボディ形成用に写真取っただけ」
その言葉に、浩之の様子が変わる。
「写真? も、ももももしかして裸で……」
若干、鼻息が荒くなる。
それを一笑し、綾香は手を振って否定した。
「あはは、バカねぇ。さすがに裸じゃやらないわよ。専用のボディスーツがあるのよ……水着みたいなものだけど」
しかし綾香の言葉は浩之に届いた様子はなく、浩之は何か妄想の世界に入り込んでいるようだった。
「写真……ボディライン……前から後から……そ、そんなポーズも……」
「もしもーし? 浩之?」
トリップ状態の浩之に声を掛けた綾香だったが、返答はない。
その時。
「浩之さん!」
それまで黙っていたマリオだったが、目を吊り上げて険しい視線を浩之に向けた。
彼女の言葉で、浩之は正気に戻ったらしい。
気が付いた浩之は、すまなそうに頭を下げた。
「す、すまん……つい」
照れ笑いを浮かべながら、コホン、と咳払いする浩之。
そして、誤魔化すように話を続けた。
「……ということは、綾香はマリオの性格の方には関わってないんだな?」
笑いながら、綾香はそれに答える。
「まあ、少なくとも私の知る限りではね。性格の構築は長瀬さんのチーム内で、とりわけ七瀬さんがやってたみたいよ」
「ふーん。実際には関わってないのか……でも似てるんだよな、性格」
浩之は軽く腕組みして、考え込んだ。
「私も、前に会った時は自分がそこにいるみたいに感じたけどねぇ」
綾香はマリオの顔を見て微笑む。
それを見てマリオは、少し頬を赤らめて下を向いてしまった。
その時、浩之がふと、思い付いたように呟く。
「……見かけによらず、七瀬さんってのはギャグ好きなのかもな」
「なんで?」
綾香の問いに、浩之はニヤッと笑って答えた。
「ホントにカタブツな人なら、綾香なんかに似せないだろ?」
「ちょっと、それどういう意味よ〜」
「そういう意味」
綾香の問いかけに、浩之はにべもなく答えた。
それに、ぷう、と頬を膨らませる綾香。
「失礼しちゃうわねぇ。……でも、七瀬さんそれほどカタブツってわけじゃないわよ。優しいしね」
「私にも優しいですよ」
綾香の言葉に、マリオも同調する。
「へえ……意外だな」
浩之が以前会った時の七瀬の印象は、全く笑わない、冗談の通じない人という感じだった。
「仕事には妥協しない人だからよく誤解されるけどね。話してみるとホントいい人よ?」
ひらひらと手を振り、綾香は浩之に説明する。
彼女は高校の頃から研究室に遊びに行ったりしていたので、七瀬との面識も深い。
「ふぅん……じゃ、機会があったら話、してみるか」
「うん、それがいいわ。……マリオのためにもね」

だいぶ綾香の顔色も良くなった頃。
綾香は立ち上がって、うーん、と伸びをした。
「さーて、じゃ今日は泊めてもらおうかなぁ〜」
その綾香の言葉に、浩之は呆れた声を上げる。
「ああ? 治ったんなら帰れよ」
その言葉に、綾香は不満そうな表情を見せた。
「なぁにぃ? こんな夜中にか弱い女の子を1人帰すの?」
しかし、浩之は呆れた顔で答える。
「お前の場合、そこらの男より頼もしいだろ」
浩之の言う通り、綾香ほどの実力があれば、夜道だろうが繁華街の裏通りだろうが全く関係ないだろう。
しかし、綾香からしてみれば大して嬉しくない言葉だ。
「言ってくれるわねぇ……まだ本調子じゃないってのに」
お腹をさすりながら、綾香は不満気に呟く。
それに対して、浩之は笑って。
「なら自宅に電話しろよ? 電話一本でリムジンが迎えに来るんだろう?」
浩之がそう言ってすぐに、綾香はお腹を押さえてしゃがみこんだ。
「あたたた……また痛くなってきたわ……」
「おいおい……」
呆れた顔でその様子を見ている浩之。
綾香は苦しそうにうめき、浩之に手を差し出し、救いの手を求めた。
「こ、これじゃ、帰れないわ。だから、泊めて」
懇願するようなその言葉にも、浩之は冷めた目でじーっと見つめている。
「わざとらしいぞ。大体、いつから腹痛になったんだよ」
「……ぐっ。痛いとこ突くわね」
浩之に指摘されて、悔しそうな表情を見せる綾香。やはり演技だったようである。
それを見て浩之は得意気な顔だ。
「ふ、病み上がりでいつものキレを欠いておるな?」
「いえいえ、お代官様にはかないませぬ」
「ふっふっふ、越後屋、今後もよい付き合いを……ってちゃうわい」
びし、と空チョップをする浩之。
その後も、浩之と綾香の本気とも漫才ともつかぬ会話は続く。

少し離れて、マルチとマリオが、2人を見ていた。
マルチは楽しそうに、マリオは複雑な顔で。
「浩之さんと綾香さんって、とてもいいパートナーって感じですよね〜」
マルチが、そうマリオに語りかけた。
それに対し、マリオは首を縦には振らなかった。
「……そう? 漫才コンビって感じだけど……」
マリオは、マルチには敬語を使わない。
それは別に彼女を軽んじているわけではなく、対等の存在である、と認めているからである。
マルチは、笑って答えた。
「気軽に言いたいことを言える、いい関係ってことじゃないですか〜」
「そんな……ものなのかなぁ」
マリオは、視線を浩之と綾香に向ける。
「浩之さんとあかりさんの関係もいいですけど、こういう関係もいいですよねぇ」
マルチの言葉を黙って聞きながら、マリオは複雑な表情で、軽口を言い合っている浩之と綾香を見ていた。
何かが、マリオの心に引っかかっていた。
その胸のうちにある、何かが。
しかし、その複雑な感情の存在に、マリオはまだ、気付いていない。
今はまだ……。

一方、浩之と綾香は。
「じゃ、交渉成立ね〜」
「ったくしょうがねえなぁ……」
結局、今度食事をおごることで泊めるのを承諾したようである。
……いいのか、そんなもんで?

☆☆☆

「じゃ、お風呂借りるわね〜」
綾香は、着替え用に借りたマリオの服を持って、バスルームに入っていった。
「あ、は〜い」
居間にいたマルチが、それに答えた。
その時、同じく居間でソファに座っていた浩之は、すっくと立ち上がり、玄関へ向かって歩いていく。
「あ、浩之さん、どちらに?」
「ん、ああ……夜の散歩だ。すぐ戻る」
いつもより真面目な顔で、彼は玄関から出て行った。
「はい、いってらっしゃいませっ」
浩之を笑顔で見送ったマルチだったが、ふと、あることに気付いた。
「……あれ? マリオさん……どこに行ったんでしょう」
キョロキョロ見回すが、マリオの姿は見えなかった。

「フフフ……」
外に出てきた浩之は、含み笑いをしながら、ゆっくりと家の裏手に回る。
彼が向かったのは、バスルーム。
「1食おごってもらう程度では、泊める気にならんもんでな……」
誰に言うともなくつぶやき、彼はかがんで窓の下まで移動する。
そしてチラ、と窓から見える人影を確認した。
ロングヘアが揺れているのが見える。
中から洩れる水の流れ落ちる音から、シャワーを浴びているのが確認できた。
「フッフッフ……」
かすかに笑みを見せて、浩之は窓に手を掛ける。
あらかじめ、ほんの少し隙間を空けておいたところだ。
ゆっくりと、隙間を広げていく。それに従って、中から洩れるシャワーの音も大きくなる。
「もう、少し……」
ある程度の隙間を空けて、浩之は中を覗き込んだ。
「おおっ」
小さく声を上げる。
湯気ではっきりとは見えないが、そこにいるナイスバデーに浩之の目は釘付けとなった。
……その時。
「良く見える? 浩之」
横から声が掛けられた。
「……え?」
浩之がそちらを見ると、そこには、腕組みした綾香が笑顔で立っていた。
もちろん、服を着たままで。
「じゃ、中にいるのは……」
浩之が全て言い終わる前に、目の前の窓がガラッと開く。
そして浩之がそちらを向いたのとほぼ同時に。

スコーン。

ケ●ヨンの手おけが浩之の頭に命中していた。
いや、手おけを持ったマリオが、浩之の頭を叩いた……という方が正しいだろう。
「浩之さん……私が来たばかりの頃、さんざん覗こうとして失敗したの忘れたんですか?」
振り下ろされたままのマリオの手は、怒りで震えている。
……マリオがこの家に来たばかりの頃、浩之はマリオの着替えや身体洗い(※メイドロボもたまに風呂で身体を洗う)を何度も覗こうとして、ことごとく阻まれていた。
今回も、彼女が浩之の行動パターンを見越し、綾香に身代わりを提案していたのだ。
「ま、私は別に多少見られたって構わないんだけど……女の敵を許すわけにはいかないしねぇ」
綾香はそう言って笑顔のまま、ポキリポキリ、と拳を鳴らした。
怒った顔でそれをやられるよりも、ずっと怖い。
「あ、えーと、その、なんだ……」
頭にケ●ヨン手おけを乗せたまま、浩之は答えに窮する。
あまりの窮地に、頭がパニックになっていた。
……少しの間ののち、浩之は真顔で言った。
「……マリオの身体って綺麗だな」
あまりのパニックに完全に浩之はトチ狂っていたのだが、その言葉にマリオは、一瞬のうちに顔を赤くした。
……確かに、綾香の代わりにシャワーを浴びていたので、今は何もつけていない。
覗きを懲らしめることだけ考えていたので、自分の裸が見られる、というところまでは考えが回らなかったらしい。
「な、な、なななな……」
わなわな、と手が震える。今度の震えは怒りから来るものではない。
「何言ってるんですかぁぁっ!」

ズガァァァンッ!

手加減無しのフルパワーで、再びケ●ヨン手おけは浩之の頭に振り下ろされた。
「は、恥ずかしいぃぃぃっ!」
そのままマリオは、バタバタとバスルームから出て行ってしまった。
あとに残されたのは、呆然とした顔の綾香と、ぱったり倒れこみ、特大のタンコブを作って気を失っている浩之。
「……あー」
綾香は、何をどうしたらいいのか、すぐには思い付かなかった。
倒れこんだ浩之を見て、つぶやく。
「ま、とりあえずスマキにでもするか……」

「さて、マリオ、マルチ、寝るわよー」
パジャマ姿でマリオとマルチの部屋に現れた綾香。
「あ、綾香さん」
彼女の方を向いたのは、マルチだけだった。
マリオの方はというと……布団を頭から被って、まるで外敵に攻撃を受けた亀のごとく丸まっていた。
「マリオさん、さっき裸で入ってきて、すぐ布団被っちゃって……一応服は着せたんですけど、その後もずっとこうしたままなんですよ」
心配そうな顔で、マルチが説明する。
それに、綾香は苦笑。
「まあ……マリオも純粋だってことよ。1人の女の子だってこと」
「はぁ」
綾香の説明がマルチには全く判らないようで、生返事を返すのみだった。
「マリオ? もういいから、一緒に寝よ?」
綾香は布団に手を掛けて、優しく声を掛けた。
「ううっ、恥ずかしいんです〜」
マリオはそう答えて、もぞもぞ、と動いただけだった。
その仕草を見て、綾香は感極まった表情を見せる。
「……んもう〜可愛いわねっ♪ お姉さん抱きしめてキスしちゃいたいくらいだぞっ?」
そのままがばっと布団を引き剥がし、丸まっているマリオに抱きつく綾香。
「ひゃっ!」
びっくりしたマリオが、一瞬、力を抜く。
綾香はその隙をついて、マリオを仰向けにひっくり返した。
「そりゃっ、押し倒し〜っ! ほら、マルチもおいでっ」
「は、はいっ」
綾香に言われてマルチは、戸惑いながらもマリオに抱きつく。
「い、いやですよ〜。恥ずかしいです〜」
恥ずかしがるマリオにも、綾香はすりすり、と頬を寄せた。
「気にしない気にしないっ。女同士でしょ♪」
今夜の藤田家は、かしましい……。

一方。
布団でスマキにされ、床に転がっている藤田浩之さん(大学生・独身)は……。
「き、キス……押し倒し……」
気絶したままながら、時折洩れてくる綾香たちの言葉が耳に届くたび、ピクリピクリと反応していた。
……さすがだ。(何が)

マリオの、浩之の、明日はどっちだ!



ちゃんちゃん♪




あとがき

あー。
ラストの方、とらは3クリア後に書いたからか、なんかボンノーの塊が……。
読み返してみると恥ずかちいっす。(゜▽、゜
しかし、こういう話を「らぶひなチック」って言うんだろか(汗

今回は前回の後書きの予告通り、綾香が絡ませてくんずほぐれつ〜という展開でした。
ちなみに綾香の体調不良の設定は、自分の経験から……。(2杯も食わなかったけど)
食事は自分に見合った適量を食べましょう。みゅ。

次回は……「実は浩之は大学生の設定なのに一度も大学のシーンが出ない」という事実を払拭すべく、彼の大学からお送りします……。
というか自分は専門学校卒なので、大学ってどういうとこだかイマイチ判らないのよね。(汗
ボロが出ないようにしなきゃー。

ではでは次回に続く〜。


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