すーぱー まりお わーるど!!

第七話「まりお なでなで」

written by 李俊

ある日の藤田家。

「ず、ずびばぜぇぇぇぇん!」
マルチが泣き声で謝る。
「あ、いや、そんなに泣くなよ。そんなに重要なもんでもないんだし、な」
謝られている側の浩之は、マルチの頭を撫でて、何とかなだめようとする。
しかし、マルチはなかなか泣き止まない。
「で、でも、頼まれたことを忘れてたなんて、メイドロボ失格ですぅ〜」
「だから、別に急ぎじゃないんだから、そんなに気にするなって」

話は昨日に遡る。
浩之はマルチに、ある手紙をポストまで出してくるよう、頼んでいたのであった。
しかし、マルチは今まで、そのことをすっかり忘れていた。
先ほど浩之に手紙のことを尋ねられて、やっと思い出したのである。

「ううっ、何とお詫びしてよいのやら……」
ほとんど土下座状態のマルチ。頭がすりきれそうなほど何度も低く謝り続けている。
対する浩之は、ソファーに座ったまま、困った顔でそれを見ていた。
「あーあー、詫びなんていいって」
そう言ってから、浩之はあることを思い付いた。
その手には、出してもらうはずだった手紙がある。
「……そうだな、どうしても詫びたいってんなら、ちょっと頼み事したいんだが」
「え? は、はいっ! 私、何でもします!」
浩之の言葉に、マルチが食いつくように顔を寄せた。
「あ、ああ、この手紙、今から出してきてくれや」
浩之は手に持っている手紙を、マルチの手に渡す。
マルチは、まばたきひとつ。
「え? 手紙を……ですか?」
マルチの言葉に頷き、浩之は笑顔で言葉をかける。
「ああ、超特急で頼む。いいな?」
「はいっ! すぐに、行ってきますっ!」
汚名返上のチャンスを与えられたマルチは、浩之から手紙を受け取ると、慌しく玄関に向かう。
「行ってきますっ!」
「足元に気をつけろよ〜」
出ていくマルチを玄関から見送った浩之は、ほっと一息ついて、居間へ戻った。

☆☆☆

「お疲れ様です」
苦笑して出迎えてくれるマリオ。
どうも、一部始終を見ていたようだ。
「ああ、ちょっと疲れたかな」
浩之も苦笑して、言葉を返す。
そして、よっこいしょ、とソファに腰を下ろした。
「マリオ、お茶入れてくれるか?」
浩之の頼みに、湯呑みに茶を注ぐマリオ。
「はい、どうぞ」
「おう、サンキュ」
湯呑みを受け取り、それを口にする。
「……うーん、ぬる過ぎず熱過ぎず。さすがだ」
思わず浩之がつぶやく。それほど、そのお茶は美味かった。
煎れ方はいいのは当然だが、最近のマリオは茶葉のブレンドもやり出して、実に本格的であった。
「ありがとうございます♪ 今日は宇治茶をベースにしてみたんですよ」
「うん、美味い美味い」
笑顔で話すマリオに、浩之も連られて笑顔になる。
しかし、ふと先ほどのマルチとのやりとりを思い出し、表情を暗くした。
「……しかし、マルチにも困ったもんだな」
ズビズビと茶をすすりながら、浩之はひとりごとのようにつぶやいた。
「……あ、あの、マルチ姉さんのミスは、あまり気にしないようにした方が」
浩之の言葉を気にしたのか、マリオがそう話しかける。
しかし、浩之はその言葉に首を振った。
「いや、ミスはいいんだよ」
その言葉に、マリオは目を点にさせた。
「え? ……じゃ、何が?」
「ミスの後、謝りどおしなのがちょっとなぁ。気にすんなって何度言っても、泣いて謝ってばかりだ」
ミスのことではない、とわかったからか、マリオの表情がいくぶん緩んだ。
「それはマルチ姉さんの性格ですから……」
「ま、そりゃそうなんだよな。泣き顔も可愛いって思うから別にそれほど気にしてないけど」
浩之のその言葉に、なぜかマリオが言葉を失った。
口をぱくぱくさせて、やっとのことで声を出す。
「な、泣き顔も可愛いって……」
「ん? どした」
驚いた顔のマリオを見て、浩之が尋ねた。
マリオは、少し顔を赤らめ、モジモジしながら浩之に対し口を開く。
「浩之さんってサドっ気があったんですねぇ……」
言われて、顔を真っ赤にする浩之。
そしてブンブンと首を振って、マリオの言葉を否定する。
「ち、違う! マルチが妹みたいに思えて可愛いって、そういう意味だって!」
「いえ、自分を偽らなくても結構です。私は、サドもマゾも否定しませんから……」
「違うって!」
「いいんです、愛する形は人それぞれですから」
顔を赤らめて、恥じらうマリオ。
もはや浩之の言うことなど聞いてないモードである。
浩之は、そんなマリオに鋭い視線を投げかけた。
「あのなぁ……いい加減にしないと、しまいには泣かすぞ」
ピタ、と恥らうポーズのまま、マリオの動きが止まる。
そして次の瞬間には、普段の顔に戻っていた。
「冗談です。私、泣かされたくはないです」
「そうか、わかればよろしい」
ふう、と息をつく浩之。そして茶を飲もうと湯呑みを持ったが、中は空だった。
その様子を見たマリオが、急須を浩之の湯呑みに持っていく。
「お茶、お代わり入れますね」
「ああ」
湯呑みに茶が入るのを見ながら、浩之はふとあることに気付いた。
「そういや、マリオの泣き顔って見たことないよな」
「ええ、見せた憶えもありませんよ」
急須を傾けたまま、マリオが答えた。
「マルチのはしょっちゅう見てるけど……お前は泣かないのか?」
茶が入り終えた様子を見て、浩之は湯呑みを手に持ち、そしてマリオに質問した。
マリオはまず急須を手元に置いてから、浩之の質問に答えた。
「人前では泣きませんよ。悲しい時は、一人で泣いてます」
「一人でって……」
浩之はマリオの言葉を聞き、茶を飲もうとしていた動きを止め、マリオの顔を見つめた。
「そう……昨日も、一昨日も、その前の日も……」
遠い目をして、寂しげな笑みを見せるマリオ。
「暗い部屋で、寂しくすすり泣いていたんです……」
浩之は驚いた顔で、マリオに問いかける。
「なっ……お前……そんな、毎日悲しいことがあるのか!? 誰かにいじめられているとかっ?」
「そうなんです……。私、いつもあんなことやこんなことを……」
(誰なんだっ!? 俺の可愛いマリオをいじめるのは!?)
怒りの余り、湯呑みの中のお茶をこぼしそうになった。
浩之は何とかその怒りを静めようと、そのお茶に口をつける。
……その時、マリオが真顔で告白した。
「浩之さんに毎日毎日セクハラされて、私、いつも泣いてるんです……」
「ぶはっ!?」
いきなりの言葉にお茶を吹き出してしまう。
その様子を見て、マリオの表情が普段の笑顔に戻った。
「……というのは冗談です。泣いてなんていませんよ」
「冗談だぁ?」
浩之は顔をしたたる茶を拭おうともせず、マリオに聞き返した。
「ええ。正真正銘の冗談です」
マリオはケロっとした顔でさらりと言い切った。
そして取り出したハンカチで、浩之の顔を拭う。
「マリオ……お前、悪趣味な冗談言うんだな」
マリオに顔を拭ってもらいながら、憮然とした表情で浩之は呟いた。
セクハラしてるのは事実であるだけに、一瞬ではあったもののかなり本気にした浩之であった。
「……笑えません?」
首を傾げるマリオに、思わず語気を荒げてしまう浩之。
「笑えんわっ! 誰がお前をそんな性格にしたんだっ!」
「ええと、人格プログラムは七瀬さんが構築しましたけど、冗談を言うあたりはオリジナルに似せてあるって言ってましたよ?」
「オリジナル?」
聞き返す浩之の言葉に、マリオは頷いて、
「私のモデルの綾香さんです」
……と答えた。
名前を出されて、浩之は綾香のことを想像し、頷く。
「……確かにあいつなら、これくらい言うかもしれん」
「ですよねぇ」
浩之たち2人は妙に納得してしまった。

☆☆☆

ちょうどその頃、どこかの山中にて。

「ふぇっくしょん!!」
急な綾香のくしゃみに、一緒にトレーニング中の葵がびっくりする。
「ど、どうしたんですか綾香さん。風邪ですか?」
「あ、あー何でもないわよ。ちょっと鼻がムズムズしただけ」
鼻をこすりながら、綾香は答えた。
「そうですか。それなら安心です」
「んー、でもなんか、悪口を言われた気分。好恵あたりが陰口叩いてるのかしら」
綾香がそう言った途端、近くの茂みからガサガサッと何者かが現れた!
「失礼ね! 何で私があんたなんかの陰口を叩くのっ!!」
「好恵!?」
現れたその人物は、坂下好恵その人であった。
「……よ、好恵さん……何をしてるんですか?」
坂下を見て驚く葵。
……それもそのはず、好恵は迷彩服を着込み、顔にも迷彩、頭には木の枝がくくりつけてあったのだ。
誰が見ても、怪しいことをしてるのは明白であった。
「べ、別に、ななな何も、怪しいことなんてしてないわっ!! わ、私もトレーニング中だったのっ!」
「ふぅぅぅん? とれぇにんぐ中ねぇぇぇ」
ニヤニヤ笑いながら、綾香は坂下の言葉に疑問の声をあげた。
「し、失礼なっ、別に綾香と葵が気になるから、迷彩服着込んで影からこっそり見てた、なんてことはないわっ!」
好恵は真っ赤になってまくし立てた。
「好恵……。図星突かれた時に誤魔化すつもりで逆にバラしちゃう癖、全然治ってないわね」
「うっ……そ、そんな……。私は、別に……」
綾香に指摘されてしどろもどろになる好恵。
そんな彼女を見かねて、葵が助け船を出した。
「あ、あの好恵さん、偶然会ったのも何かの縁ですし、一緒にトレーニングしませんか?」
「え? え、ええ、そそそそうね、偶然会っちゃったんだもの、しょうがない、一緒にやりましょうかっ!」
助かったとばかりに、好恵はその提案に乗る。
(あーあ、葵もお人好しなんだから。こーいう時は容赦なくからかうのが楽しいのに)
誰に見せるでもなく、綾香は肩をすくめた。
「そうだ、山を降りたら浩之たちをからかいに行こうかなっ?」
一人呟く綾香。浩之やマリオのことを思い出してニヤニヤと笑っている。
「綾香さん、それじゃ3人でトレーニング再開しましょう」
「はいは〜い、了解♪」
葵の言葉に綾香は笑顔で答えた。
「何を一人で笑ってるんだか……変な奴だ」
坂下がポツリと洩らすと、綾香はいやらしく笑って好恵の肩を叩いた。
「ふっふっふ、大丈夫大丈夫。ストーカーみたいなことをやる人よりはまともだと思うからぁぁぁ」
「さ、さあっ!! いくよ2人ともっ!!」
綾香の声を聞こえないフリをして、坂下は走り出した。
「あ、好恵さん待ってくださ〜い」
続いて葵が走り出し、綾香も遅れないよう2人についていくのだった。
「うふふふー、下山後が楽しみだなぁ♪ マリオに浩之、待ってなさいよぉ〜」

☆☆☆

「ぶえっくしょおいっ!!」
豪快にくしゃみをかます浩之。
「ど、どうかしました、浩之さん?」
浩之の急なくしゃみに、マリオは驚いている。
浩之は鼻を擦りながら、心配ない、といったように手をあげた。
「い、いや、別に。噂でもされたかな?」
その言葉に、マリオが真顔で返す。
「噂をされるとくしゃみをするという、非科学的で根拠の無いあの迷信のことですね」
「非科学的……か。そう真っ向から否定されると何も返せんが……」
マリオの言葉に苦笑する浩之。
その時。
「ふ……ふぇくちょん!」
急に、マリオも可愛いくしゃみをした。
「マリオもくしゃみするんだな……」
浩之は妙に感心してしまう。
「……私たちメイドロボがくしゃみをするのは、純粋に吸気口にゴミが入った時だけですよ」
ポケットに入れてあるティッシュを取り出し、マリオは鼻をふきふきした。
吸気口と言ってはいるが、単に鼻の穴のことである。
「ほぅ」
「……でもおかしいですね、センサーではゴミは感じられなかったのに……」
「やっぱり噂されてるんじゃないのか?」
ニヤリと笑って、浩之が口を出した。
「非科学的な物は信じられませんよ」
マリオはムッとした顔で浩之に言い返した。
対して浩之は笑顔で話す。
「いいじゃないか別に。信じたって」
「非科学的な物を肯定してしまうのは、私たちの存在意義に反しますっ」
語気を荒げてマリオは答える。
その様子に、浩之は少し考えこむ。
「ふぅーん、存在意義ねぇ……。じゃ、メイドロボはみんなそう思ってるのか?」
「ええ、当然です」
キッパリと言い切るマリオ。

「ただいまです〜。お手紙、今度はちゃんと出してきました〜」
玄関からマルチの声が聞こえてくる。
そして、マルチが笑顔で帰ってきた。
その笑顔は、使命を達成した充実感から来るものだろうか。
「お、マルチ。いいところに帰ってきた」
マルチの顔を見て、浩之はニヤリと笑った。
「???」
マルチは、よくわからないといった表情で、浩之とマリオの顔を見比べる。
浩之はそんなマルチに、質問を投げかけた。
「お前は、『噂をされるとくしゃみする』っていうのを信じるか?」
浩之の言葉に、マルチは大きく頷く。
「はいっ、信じます! だって、私も何でもない時によくくしゃみしますからっ」
その返答を聞いて、ニヤニヤしながらマリオの方を向く浩之。
「だってよ、マリオ? さっきキッパリ言い切ったのは誰だったかなぁ〜?」
得意顔で浩之はマリオにそう言った。
「そ、そんなっ……」
愕然とするマリオ。
ジェネレーションギャップならぬ『ロボテーションギャップ』にショックを受ける。
クラクラとめまいに似た感覚を覚えるマリオ。
しかし何とかそれに耐え、マリオは立ち上がった。
「え、えと、科学の粋を集めて作られた私たちの存在意義はですねっ」
マルチに自説を説こうとするマリオであったが、しかしそれはマルチには届かず。
マルチは、ポンと手を叩いて浩之に話しかける。
「そうですっ。あのですねっ、さっき隣りの猫さんが顔を洗ってたんで、明日は雨になりますよ〜」
「おう、そうかそうか」
何気ない会話であったが、この追い打ちアタックにより、ヒザをついてしまうマリオ。
「わ、わたしたちのぉ、存在意義はぁ〜」
ヘナヘナと座り込んでしまう。
そんなマリオの頭を、浩之はポン、と軽く叩いた。
「マリオ。非科学的だからって信じないってのはダメだぞ」
手を置いたまま、浩之は優しく話しかける。
「世の中には、まだ科学で解明出来てないことがいっぱいある。それらを『非科学的』とひとくくりにして信じないでいると、もう人間は進歩なんて出来なくなってしまうんだ」
「浩之さん……」
浩之の手の温かみを感じながら、マリオは浩之の顔を見つめる。
「人間たるもの、柔軟に物を見れないと生きていけない。そして、人間と共に生きるメイドロボもしかりだ」
「浩之さん……。それは……」
「ん?」
マリオの言葉に、浩之は顔を寄せて聞き返した。
そんな浩之に対し、真面目な顔で質問するマリオ。
「それは、私に迷信を信じろ、と言っているんですか?」
「まぁ、要約すればそういうことだ」
マリオの頭を撫でながら、浩之は答えた。
(何故だろう……。心が落ち着く……)
頭を撫でられ、マリオはその安らぎの感覚に心奪われそうになる。
しかし、ぷるぷると首を振って、浩之の手と一緒にその感覚を振り切った。
「か、考えてみますから」
それだけ言って、マリオはバタバタと台所へ逃げていった。
「……何なんだ?」
マリオが去った後を見て、不思議がる浩之。
「さぁ……どうしたんでしょう」
マルチもまた、台所の方を見て首を傾げた。

「ど、どうしたんだろう、私……」
台所は逃げ込んだマリオは我に返って考えた。
「今までに感じたことのない感覚……温かくて、他に何も考えられなくなりそうな、そんな感覚だった」
浩之に撫でられていた部分に、自分の手を当ててみる。
しかし、今は何も感じない。
マリオはいつのまにか熱くなったモーターを冷やすべく、深呼吸して空気を取り込んだ。
「すぅ……はぁ……すぅ……」
何度か繰り返して、落ち着きを取り戻す。
そして先ほどの未知の感覚のことは、メモリの片隅に追いやることにした。
「原因は解明しなくても……普段の仕事には支障ないよね」
独り言を呟きながら、マリオはそろそろ迫った食事の用意をすべく、準備を始めるのだった。

☆☆☆

ある日の朝。
「マリオ〜。茶くれ」
朝食を終え、近くにいたマリオにお茶のリクエストをする浩之。
「はい、今入れますから」
茶葉の入った急須にお湯を入れ、取り出した湯呑みにそれを注ぐ。
その時。
「あっ……」
マリオが声を上げた。
「なんだ、どうした?」
浩之はすぐ、マリオのそばに歩み寄った。
「ホラ、見てください」
嬉しそうな顔で、マリオは湯呑みを指差す。
「ん?」
浩之がのぞき込むと……。

湯呑みの中に、茶の真中に立つ茶柱があったのだった。


END



あとがき

ども。李俊でおま。

ようやく、マリオの心に関わる話になってきたかな〜という感じです。
『ただのコメディ』ではなく、『コメディではあるけれど、最終話を見据えた、伏線を張りながらーの展開』に持っていける手応えを感じております。うしっ。Σo(≧∇≦)

次回は綾香も絡ませてくんずほぐれつ……もとい、話を展開させたいと思ってます。
あと、物語の鍵を握る七瀬君も。

これからの展開はどうなるのかっ!?
自分でも細部は全く考えてませんっ!(ォィ
まぁ、大まかな筋書きは考えちゃいますが……まぁそんなもんはあって無きがごとし。

んでは次回にご期待あるべし。では〜。
(BGM:行殺・新選組サントラ)


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