朝。
「浩之さん、朝ですよー。起きてくださーい」
「むにゅ〜。あと5分〜」
ゆさゆさと揺らされても、まだ起きない浩之。
むしろ、まどろみの中で揺さぶられるのを楽しむかのように、うれしそうな表情をしている。
「そろそろ起きないと、遅刻しますよー」
声を掛けられても、まったく起きる気配がない。
もぞもぞと動くだけで、布団を離そうとはしない。
「うーん、もう少し待ってくれ、マルチい〜」
…ぴく。
むぎゅっ!
「あだだだだだだだ!」
いきなり耳をつかまれ、痛みで浩之は目が醒めた。
「い、いきなり何を…」
「私はマリオですっ! マルチ姉さんじゃありません!」
慌てて起きた浩之の目に映ったのは、マルチではなかった。
そこには、長いポニーテールが特徴的なマリオが、腰に手を当てて頬を膨らませて立っている。
しかし、浩之が起きたのを確認して、彼女はふっと表情を緩めた。
「やっと起きましたね♪ さ、顔を洗っ…」
だがその言葉を遮るように、浩之はマリオの腰に抱きついていた。
「マリオ〜怒った顔も可愛いなんて、なんて卑怯な人…いや、メイドロボなんだぁ〜」
どうやら、まだ寝惚けているらしい。
サワサワと、マリオの形の良い尻を触り出す。
「だ、ダメですっ」
どげし!
「げふっ」
次の瞬間、マリオの肘打ちが浩之の頭に命中していた。
…ブラック・アウト。
☆☆☆
居間にいるのは、今のところ浩之とマリオの2人。
マルチは朝から全部屋の掃除中である。
「ぶら〜んにゅ〜はぁ〜♪ いまここからはじまるぅ〜♪」
「マリオ…おめぇ、仮にも主人である俺に攻撃するたぁ、どういう了見でぇ」
江戸っ子口調でマリオを責める浩之。
その表情はまさに不機嫌、言わば不機嫌キングである。
「す、すいません。つい手が出ちゃいまして…」
口では謝るが、苦笑しているその顔はあまりすまないように見えない。
彼女は座り込んでいる浩之の後ろに立ち、彼の頭に薬を塗っていた。
浩之の頭には、タンコブが出来ていたのである。
「あ〜ヒリヒリする…」
「…もう、浩之さんが悪いんですからね。いきなりあんなことするから…」
不機嫌な口調の浩之に、まるでお姉さんが諭すように言い聞かせるマリオ。
「しかし、お前さ…ロボット三原則は組み込まれてないのか?」
薬を塗り終わり、薬箱をしまうマリオに向かって、浩之はふと思った疑問を聞いてみた。
★説明しよう!★
ロボット三原則とは何?という皆さんに、説明致しましょう。
正確には「ロボット工学三原則」と言い、化学者にしてSF作家であったアイザック・アシモフが定義したのです。
一般には「ロボット三原則」、または「アシモフのロボット三原則」の名で知られており、ロボットが身につけておくべき三つの行動規準が記されているのです。
1、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、人間へ危害が加わるのを看過してはならない。
2、ロボットは第一原則に反しない限り人間の命令を守らねばならない。
3、ロボットは第一、および第二原則に反しない限り自分を守らねばならない。
というもので、基本的にこれが組み込まれていないと、製品として市場に出されることは許されないものなのです。
…某猫型ロボットが主人の眼鏡の男に逆らったり、太った男に攻撃したりしていますが、あれは元々不良品なので、あまり気にしてはいけません。
以上、補足を終わります。
お相手は長瀬源五郎、提供は『みんなの来栖川、僕らの来栖川』の来栖川グループでお送りしました。さよなら、さよなら。
★★★
「ロボット三原則ですか? マルチ姉さんやセリオ姉さんみたいに、私にも組み込まれていますよ」
「いや、でも…現に攻撃しただろーが」
浩之が自分の頭を指差す。
マリオは少し考えて、答えた。
「そこらへんはファジー機能で、個々の判断に任されてるんです」
「ファジーだぁ?」
★さらに説明しよう!★
ファジー機能。
数年前から登場した言葉ですが、イマイチ判らない、といったお年寄りの方、ちょっとおバカさんな方々…おっと失礼しました、オホン、知識の少ない方もいると思います。
「ファジー理論」とは、ロトフィ・ザデーが提唱したコンピュータ理論です。
従来のコンピュータは情報を0,1の数字に置き換えてしか処理できないため、人間の言葉のように「太っている」「やや細目」といったあいまいな概念の処理は苦手でした。このため、言葉の概念を分析して、コンピュータがその状況に応じて適切な結論を引き出すよう、あらかじめ推論機能をプログラムに組み込もうというものなのです。
簡単に言えば人工知能(AI)の一種だと考えていただいて結構です。
人間の感覚に近い“あいまいな”判断ができるのがファジーの最大の特徴。
つまり、この機能を搭載し、そして機能が成熟したロボットは、より人間に近い行動を取れるようになるのです。
ちなみに「ファジー」の語源は、羽毛のようにフワフワしていて、境界や輪郭がぼやけている状態の「fuzzy」から来ています。
あいまいな、人間の心や考え、行動を再現するには、もはやファジー機能はなくてはならない存在と言えるでしょう。
以上、補足を終わります。
お相手は…え? もういいですって?
わかりました…それでは、さよなら…。
★★★
「基本的に三原則にはのっとってますけど、自分の職務や性格などを加味して考え、出来るだけ人間らしく相応しい行動を取るようになってるんです」
台所から朝食の乗った盆を持ってきながら、マリオが説明する。
浩之の側にしゃがむと、その前にあるテーブルに料理を並べていく。
今日の朝食はフレンチトーストとベーコンエッグ、ワカメスープ。
マリオが来てから、どちらかというと朝はパン系が多い。
「…尻を触ると攻撃するってのがか?」
浩之の言葉にニコと笑い、うなずくマリオ。
「ええ、普通の女の子ならそうしますでしょ?」
マリオにフォークを手渡され、浩之はそれを受け取る。
そのフォークでベーコンエッグを刺し、一口分を切り分け口に放り込んだ。
「むぐ、いや、あかりだったら抵抗しないぞ、うん、うまい」
食べながら話す浩之。マナーがなっていない。
…実際に、彼があかりにセクハラしたことはない。
しかし十何年も一緒にいるから、浩之には確信できた。
絶対、『な、何するの〜?』と困った顔で、なすがままになるであろう。
「それは性格ですよ。人それぞれが違う行動を取るように、私たちメイドロボもそれぞれ違う行動を取るんです」
マリオは空になった盆を胸に抱え、にこやかに話す。
「ふーん…もぐ。マリオはセクハラには向かないタイプなんだな…ずずっ」
トーストを一口、そしてスープをすする。
そんな浩之に笑みを見せて、マリオが告げた。
「…私が浩之さんに心を開けたら、その時は何をしてもいいですよ♪」
ぶばっ!
いきなりの大胆な発言に、浩之は鼻からスープを出してしまった。
「な、な、なっんて大胆な…」
呆然とマリオを見つめる浩之。その鼻からはワカメを覗かせていた。
「…あらまあ…」
鼻から垂らしたままの浩之に、苦笑しながらマリオはポケットから取り出したハンカチで顔を拭いていく。
「…あくまで、心を開いたら、の話ですからね」
拭き取りながら、マリオが釘を刺す。
「私たちはダッチワイフとは違いますから…私たちの心を大事に、してくださいね」
「ぐん。あいでぃにうぐ」
うん。大事にする。
浩之はそう言ったつもりだが、鼻を拭かれているので、まともな言葉にはならなかった。
浩之の言葉に、マリオはにっこり笑いながら。
「それじゃ…」
ぎゅうっ!
浩之の鼻を拭いていた彼女の手が、彼の鼻を思いっきり掴んだ。
「いでぇっ!」
「判ったんでしたら、セクハラしないでくださいっ!」
空いている方の手で、マリオの裏側に回った彼の腕を指差す。
そこでは、浩之の手が今まさに彼女の尻に触れようとしていたのであった。
「す、すまん。つい」
「つい、じゃありません!」
☆☆☆
「はあ…参った」
痛むコブを押さえながら、浩之は大学に行くため、玄関へ向かう。
いつもの靴を履き、ドアに手を掛ける。
…本来ならば、見送ってくれるマリオがそこにいるのだが、今日は機嫌を損ねてしまったらしい。
浩之は寂しく外に出た。
「あら? おはようございます、浩之さん」
マルチの声が、外に出た浩之を迎える。
彼女はほうきを手に、外のゴミを掃いていた。
「おはようさん。大学に行ってくるぜ」
「はいっ、いってらっしゃいませ〜」
ふと、浩之はあることを思い立った。
「マルチ」
「はい?」
浩之はマルチの側に立つと、サワッと彼女の尻を撫でた。
「キャアアアア!」
いきなりのことに、悲鳴を上げるマルチ。
どげしっ!
マルチのほうきの一撃が、浩之の頭を襲った。
がくっ。
「はっ…!? ひ、浩之さん、しっかりしてください〜!!」
我に返ったマルチは、倒れ込んだ浩之を揺さぶる。
「そ…そうか…マルチも攻撃系なのか…」
浩之はその身体を張った実験結果の代償に、2段目のタンコブを手に入れたのであった。
ちゃんちゃん。
あとがき
またも半年近く間が開いてしまいました…。
こんな遅筆なダメダメ人間代表のアタイを笑うがいいさぁ〜。(ToT)
…ひとしきり笑っていただいたところで。どうでした、今回の話は?
説明くさい話になっちゃいましたが、ロボットとロボット三原則は切っても切れない関係ですし、これから話を展開させるに、伏線としてなくてはならないんですねぇ〜。
…展開できればいいんですが。(笑…えない)
では、第4話を期待せずにお待ちくださいませませ。