すーぱー まりお わーるど!!

第二話「まりおと すてきな なかまたち」

written by 李俊


-EVERYBODY'S EYE-

ちゅんちゅん。
スズメが鳴いている。
「朝…か」
珍しく早い時間に目を覚ます浩之。
シャッ…とカーテンを開ける。眩しい光が部屋にこぼれた。
「ん〜、いい天気だ。休日はこうじゃなくっちゃな」
そう、今日は日曜日。
そうでなければこんなに早く浩之が起きるはずがないのだ。
いつもはマルチに起こされても「後10分〜」とゴネまくり、結局遅刻する男である。
「…なんか悪口を言われているような気がするが…気のせいかな」
気のせいだ。

コンコン。

浩之が着替えを終えた頃、扉が叩かれた。

☆☆☆

-MARIO'S EYE-

「うぇるかむとぅ〜♪ うぇるかむとぅ〜♪ うぇるかむとぅまいは〜♪」 
最近流行ってる歌を唄いながら、私は階段を上がっていく。その頭の後ろを、リズムに合わせるようにポニーテールが揺れる。
…どうも私は、歌が好きみたい。
生まれて間もないけど、歌がいい物だってこと、判るのは嬉しいですね。

コンコン。

浩之さんの部屋の前に立ち、扉を叩く。
「浩之さん? 起きてますか?」
少し間が合って、浩之さんの声。
「ああ、起きてるよー」
私はそれを確認した後、扉を開け中に進入…。
浩之さんは、すでに身体を起こしていました。
「今日はお早いんですねぇ」
マルチ姉さんに聞いていた話では、気合を入れて起こさないと全く起きないという話だったのに…。
「ああ、今日は日曜だからな」
浩之さんがそう答えたけど、私の疑問は解けない。
「日曜だと、なぜ早いんでしょう?」
私の問いに、今度は浩之さんが考え込んじゃいました。
「えーっとだな、うーん…」
少し悩んだ後、口を開く浩之さん。
「マリオ、現実逃避というものがどういうものか、わかるか?」
「現実逃避、ですか? …障壁から逃れるために、物理的に逃げ出すこと。同様に、論理的に逃げ出すこと。ちなみに『現実逃避は明日への力』という句がある」
データの中から『現実逃避』を検索し、説明。
「まあ、それと同じようなもんだな。平日だと起きた後にいろいろ面倒臭いことがあるけど、休日はそれがないってことさ」
「なるほど…」
浩之さんの答えに、納得。
…納得と納豆喰うって似てますね。関係ないけど。
「ところで『現実逃避は明日への力』って誰の言葉だよ。初めて聞いたぞ」
私の言葉に何か疑問があったのか、浩之さんが逆に質問してきました。
えっと…誰の言葉でしょう?
…検索をかけても、人の名前は出てきませんでした。
「さぁ? わかりません」
私のその返答に何も言わず、じとーっとした目で私を見る浩之さん…。
「……」
うう、これは私の性能を疑ってるのかな?
あうー、主任のバカー。
もっとちゃんとしたデータ入れてよー。
サテライトサービスを使えば出てくるかも知れないけど、出てこないと惨めなのでやめ。
大方、主任あたりが自分の言葉を登録したんじゃないかな…。
「…まーいいや、飯は?」
長かったお見合いタイムが終わり(笑)、浩之さんは、ぽりぽりと頭を掻きながら朝御飯のことを聞いてきます。
あ、フケが落ちてる…。
今晩あたり、洗ってあげないといけないかな。
…とりあえずフケのことは置いといて。
「朝御飯なら、マルチ姉さんが作ってます」
「大丈夫か…? お前が見てなくて」
心配そうな顔をする浩之さん。
…これはマルチ姉さんを心配してるのかな?
それとも、自分の朝御飯がちゃんと出来るかを心配してるのかな…。
「大丈夫ですよ。多分」
マルチ姉さんが失敗することがあるとは聞いてましたが、実際に失敗したところは見たことがないので大丈夫と答えて置きました。
「多分ってお前…」
そう浩之さんが言いかけた途端。
「きゃああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
階段の下から聞こえてくる、緊迫感のない、でも本人は緊迫しているつもりの、そんな悲鳴。
浩之さんは、一瞬だけ、心配そうな顔。
そして呆れたような表情になり、最後には私をじと目で見つめてきます。
「マリオ…朝飯はお前が責任持ってきっちり用意しろよ」
「あはは…」
大丈夫だと言った手前、私は笑うことしか出来なかった…。
マルチ姉さんのおバカ〜。
「ほれ、早よ行け」
「はーい…」
浩之さんに促され、部屋の外へと出て行く私。
…どうやらさっきの浩之さんの心配顔は、朝御飯を心配してたみたいね。

☆☆☆

-EVERYBODY'S EYE-

マリオが作り直した朝食を平らげた浩之が、居間で新聞を広げた頃。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「ん? 誰か来たみたいだな」
競馬欄のオッズを見ていた浩之は、顔をあげる。
「あ、私が出ますぅ〜」
浩之が立ち上がるより早く、マルチが台所から現れた。
マルチが朝食の失敗の汚名を返上すべく、パタパタと玄関に出ていく。

「えへへ〜。こんにちは〜」
少しの間を置いて現れたその来客は、浩之の幼なじみ「神岸あかり」だった。
「お、あかりか」
大学に入ってからも浩之とあかりの関係は相変わらずである。
マルチが来てからも、彼女の料理技術教育係として、たびたび浩之家を訪れるようになっていた。
「今日は起きてるんだね、浩之ちゃん」
「休みだからな」
浩之は挨拶もせず、また新聞を広げる。
無愛想だが、浩之とあかりの関係ではそれはどうでもいいことだった。
「マルチちゃん、洗い物は終わった?」
「あ、今マリオさんが…」
あかりの問いに、マルチが答えようとした時。
「あ、おはようございます」
挨拶したのは、台所から出てきたマリオ。
浩之の母親のエプロンをつけた彼女は、あかりに対しうやうやしく礼をした。
ちなみにマルチとあかりには専用のエプロンが存在する。
「あ、あれ? 綾香…さん?」
対するあかりは、マリオをまじまじと見てそう言った。
ポニーテールと髪の色を覗けば、外見は綾香そのままである。
間違えるのも無理はないところだった。
「はじめまして。私、マリオと申します♪」
にっこり笑って、マリオはまたお辞儀。
「えっ…ええっ?」
しかし、あかりはまだ戸惑ったまま。
「ほれ、例の預かりメイドロボだよ」
状況が掴めないあかりのために、浩之が付け加える。
その説明でやっと理解したのか、
「あ、うんうん、なるほどー」
と頷くあかり。
「昨日から、浩之さんのために働くことになったHMX−14、マリオです。よろしくお願いしますね」
にこりと笑い、マリオは改めて自己紹介した。
「私、浩之ちゃんの幼なじみで、神岸あかりです。よろしくね、マリオちゃん」
あかりも自己紹介。
こうして、マリオのデータにまた一人、新たな人物の名前が加えられた。

☆☆☆

ピンポピンポピンポピンポピンポーン。

その後、マリオ・マルチ・あかりが談笑し、浩之はボケーっとテレビを見ていた頃。
またも玄関のチャイムが鳴る。(しかも連射)
「誰だよピンポン連射してんのは…」
ソファーに腰掛けた状態から後ろを覗く浩之。
無論、そんなことをしても訪問者が見えるはずはない。
「私が出ますねー」
マリオが立ち上がり、玄関に向かう。
「…今のピンポン連射、志保みたいだったな」
ふいに浩之は、高校卒業後行方をくらませた悪友の名前を思い出した。
現在、志保は『私より弱いヤツに会いに行く』と日本を出たまま、音信不通である。
あかりのところにたまに来る手紙では、ジャーナリストを目指して頑張っている、ということらしいのだが。
「今はどこにいるんだろうね、志保…」
あかりも、懐かしい親友の名前を聞いて感慨に更ける。
「案外、今のピンポンも志保だったりしてな」
「あはは、まさかぁ…」
浩之の冗談を、あかりは手をひらひらさせて否定した、その時。
「…え?え?えええっ? えええええーっ!?」
急に玄関から、マリオのうろたえた声が聞こえて来た。
「おいおい、どーしたっ」
心配になった浩之が、玄関に出ていく。

そこにいるのは、口を押さえて驚いた表情をしているマリオ。
「やっほー。浩之、遊びに来たわよー」
そして、浩之に手を振って挨拶するもう片方の人物は…髪型、髪の色は違うが、マリオとそっくりな顔をした女性。
「なんだなんだ、今日は千客万来だな」
その女性を見て安心する浩之。そして、少しあきれたような物言い。
「えへへ〜。いいじゃない、たまの休みくらい」
にこやかに答えるその女性…綾香は手をひらひらさせて、靴を脱ぐ。
「え、えとえと〜」
マリオは未だ混乱したままだ。
「何を混乱してるんだよ、マリオ。お前のモデルだろーが」
「も、ももももでる?」
浩之が説明するが、マリオの動揺はなかなか治まらない。
綾香はクスリと笑い、ポンポンとマリオの肩を叩く。
「そうなのよー。あなたは会うのは初めてだろうけどね」
「そ、そそそそうなんですかー」
そんなマリオの様子に、浩之がぺしっと頭を叩いて喝を入れる。
「コラ、いい加減落ち付け」
「は、ははははひぃ」
そう返事はしながらも、マリオはしばらく、どもり症のような感じであった。

「粗茶ですが、どうぞ〜」
まだ元に戻らないマリオの代わりに、マルチがお茶を綾香の前に出す。
「ふむ…確かに安いお茶ね」
お茶を覗きこんでそう呟いた綾香に、ひくっと浩之の頬の肉が反応した。
「ケンカ売ってるのか、おのれは」
「バカね、お茶のホントの美味しさは煎れ方で変わるのよ」
そう言って綾香は、ずず…っとお茶を一口すすり。
「うん、美味しいわよ」
とマルチに笑顔で伝える。
「えへへ…嬉しいですぅ」
テレテレと、頬を両手で覆うマルチ。
「…で? 今日は何の用だ?」
無愛想な浩之の言葉に、笑顔で答える綾香。
「今日、ヒマでしょ? カラオケでも行かない?」
「は?」
口を開けたまま、浩之は聞き返した。
「だからぁ、カ・ラ・オ・ケ。行こうよぉ〜」
ネコグチで浩之にねだる綾香。
「何でそーいう話になる?」
「いーじゃん、ヒマなんでしょ?」
確かに今日の浩之には予定はないが、出掛けるのはおっくうであった。
「いや、あかりが…」
あかりがいるから遠慮しておく、と言おうとした浩之であったが。
「浩之ちゃん、行こうよ。カラオケ」
意外にもあかりの口からそんな言葉が聞こえた。
「おいおい、お前まで…」
そう浩之が言い終わる前に、マルチまでも話に乗ってくる。
「私もお付き合いしたいですー」
「私は行ったことがないので、ぜひ行ってみたいですよー♪」
マリオも然り。
「…わーったよ、行ってやるよ。最近行ってないしな」
浩之は、半分ヤケクソ気味に承諾した。

☆☆☆

-HIROYUKI'S EYE-

と、いうわけでカラオケ屋到着。
さすがに午前中だと客もまばらだ。
「じゃ、私が頼んでくるわね〜」
カラオケ屋のカードを財布から取り出しつつ、綾香がカウンターへと向かう。
…かなり慣れた様子で部屋を指定しているな。
「へぇ〜ここがカラオケ、というところですか」
感心した様子でそう呟くマリオ。
「歌は唄えるよね、マリオちゃん」
あかりがマリオに質問している。
「はい、元々何曲かのデータは入ってますし、テレビの歌も覚えてますよ」
「昨日は、私と一緒に鼻歌唄ったりもしたんですよ〜」
無邪気やねぇ…。

綾香に案内され、俺たちは部屋に入る。
マイクや機械も程度がいい状態の部屋で、広さも5人には丁度いい広さだ。
「よし、マルチ。まずマイクのテスト頼む」
「はいー」
俺の指示に、マルチはマイクを取り出し、スイッチを入れる。
ぽんぽん。
マイクを叩き、その後…。
「あっは〜ん♪ 只今マイクのテスト中。あっは〜ん♪ マイクのテスト中」
ばたばたばたっ。
マルチの突然の奇行にコケる、俺以下一同。
「なんじゃそりゃっ!」
いち早く立ち直った綾香がツッコミをいれた。
「あぅ〜っ、前に浩之さんがこうやってマイクのテストしてたんです〜」
なぬ!? 何てことを言うのだマルチ! 俺がいつそんなことを…。
…そーいや以前にやってた。(汗)
「浩之ちゃん…」
あかりがウルウルとした目で俺を見つめる。
それは…憐れみの目。
「…変態ね」
綾香も呆れ顔だ…。
ぐう、俺のイメージが…。
「ち、違う、あれはただのギャグのつもりだったんだぁ〜」
…確かそうだったはずだ。そういうことにしとこう。
しかし綾香&あかりの俺を見る目は変わらず。
なぜだ! なぜなんだ!?
俺がいつ何をしたぁぁぁ!
「なるほど…マイクのテストをする時はそういう声を出すんですね…」
…その俺の後ろで、マリオは一人で納得していた。
「んなわけあるかっ!」
俺と綾香のツッコミがハモった。

「さて、トップバッターは誰?」
綾香が、俺たちの顔を見渡す。
「ん? 綾香が最初じゃないのか?」
「私は、最初は他の人の歌を聴く主義なの」
そうなのか…志保とはえらい違いだな…。
俺はジャイアンのリサイタル状態の志保を思い出した。
あれは正に『俺の歌を聞けー』状態だからな。
「私も、最初はちょっと…どんな感じで唄うのか、見たいですから」
マリオも遠慮する。
それじゃ…。
「うううん、私も最初は遠慮するー」
俺が顔を見た瞬間、あかりが首を振った。
…早いな。さすがあかり、よく判ってる。
「じゃ、マルチ、唄えるか?」
マルチに振ると、
「はいっ! 任せてください!」
とマルチは力強く頷いた。本を開き、リモコンで番号を入力する。
…俺のところに来た当初は下手だったマルチだが、今では唄い慣れた曲ならそこそこ上手く唄えるようになっていたのだ。
「よーしマリオ、マルチが見本を見せてくれるから、よく聴いてろよ〜」
俺の言葉にマリオが頷くと、
「では、唄います〜」
マルチはマイクを片手に立ち上がった。

ちゃ〜 ちゃらら〜

イントロが流れ、画面に大きく『○國』のタイトルが出る。
「すきぃよぉ〜 あなたぁ〜 いまでもぉ〜 いぃまでぇもぉ〜」
マルチお得意の『吉幾○』の曲。
マルチの唄い方自体はそれほど上手いわけではないが、感情を込めたその声は聴く人に感動を与える。(少し大げさな表現か?)
マリオも、綾香もあかりも聞き入っていた。

「…追いかけてぇ 追いかけてぇ〜 おぉ〜いかけてぇ〜 ゆきぃぐぅにぃ〜」
唄い終わり、マルチはペコリと頭を下げる。
パチパチパチパチ…。
拍手する一同。
「すごいわねマルチ、ここまで感情込めて歌えるなんて感心するわ〜」
「マルチちゃんうま〜い」
綾香もあかりも口々に褒める。
「えへへー。よしい○ぞーさんの歌は得意なんですよぉ〜」
照れながら、マルチは自分の席に座った。
と、いうわけで…。
「さあマリオ、お前も感情込めて唄うんだ」
俺は次の唄い手にマリオを指名した。
「は、はい。わかりました〜」
少し緊張した面持ちで番号を入れるマリオ。
…どんな歌にするつもりだろう? バラード系か? ポップ系か? 
皆が『選曲中です』の画面を見つめる。
少しして画面が変わり…。

ちゃちゃちゃん ちゃらら〜
ちゃちゃちゃん ちゃらら〜

な、何か聞き覚えのあるこのシブいイントロは…。
マリオはマイクを構え、口を開いた。
「…サンドォ〜バァッグにぃ〜 浮かんでぇ消えぇるぅ〜」
その可愛い口から、驚くほどシブい声がこぼれる。
この曲…○日のジョーだ…。
「憎いぃ あんちくしょうのぉ〜 かおぉめがぁけぇ〜」
しかもめっちゃ上手いやんけ…。
「たたけぇ! たたけぇ! たたけぇ〜!」
しかもめっちゃ感情込めてるやんけ…。
「おいらにゃ〜 けもののぉ〜 血がぁさわぁぐぅ〜」
上手い、上手いのだが…なぜこの歌なんだぁ〜。

「あしたはぁ… どぉっちだぁ〜 」
ようやく、マリオは唄い終わった。
「なんで明○のジョーなんだぁ〜」
「いえそのー、昨日見てたTV番組で流れてたのを聴いて、いいなぁって思って」
俺の質問にマリオは笑顔で答えた。
「んなもんいいなと思うなっ!」
「浩之、明○のジョーをバカにする気?」
俺のツッコミの言葉に、綾香が反応した。
「い、いや、そんなつもりはないが…」
何だ何だ、何か不機嫌そうだな。
綾香は俺の弁解にも首を振り、
「いーやっ! 心の底ではバカにしてるわ! 許せないわねっ」
びっと俺の顔を指差し、そう言い放った。
ふぁ、ファンなのか、綾香…?
綾香は俺から視線を外すと、嬉々とした表情でマルチに指示を出す。
「フフフ、久しぶりにアニソン唄いたくなったわっ。マルチ、『キューティー○ニー』入れてっ」
「はい〜」
綾香に命じられるままリモコンを操作するマルチ。

「いまどき流行りのおんなのこぉ お尻のちっちゃなおんなのこぉ こっちを向いてよハニー♪ だってだってだって だってだってなんだもぉん♪」
綾香の歌が流れる。こいつもめっちゃうまいわ。
「いつのまにかアニソン大会になってしまったな…」
そう呟く。

あかりの番。唄うのは『人間ってい○な』だそうだ。
「くまのこみていたかくれんぼー おしりをだしたこいっとーしょー ゆーやけこやけでまたあしたー まーたあーしーたー♪」

他にも『ドリルでルンルン ク○ルンルン』やら『ベルサイ○の薔薇』やら『キャ○ディキャン○ィ』やらアニメテーマのオンパレード。
普通の歌謡曲は俺だけで、それが逆に浮いてしまっていた。

☆☆☆

カラオケからの帰り道。
すでに空は夕焼けに染まっていた。

「うふふ、今日は楽しかったですよー」
「私もです〜」
マルチとマリオは喜んでいる。
「久しぶりに騒いじゃったね」
あかりも満足そーな顔してやがる。
俺は一人だけ、だるそうにその後ろを歩いていた。

「あー堪能した〜♪ それじゃまたねぇ〜」
綾香はそう言い残して、スッキリした顔で帰っていきやがったし…。
俺としてはもーちょっとまともな歌を聴きたかったんだけどなぁ。
何が悲しゅうてアニソンばっかり聴かなきゃならんのだ。
…まあ、最後はつい『銀河鉄道9○9』大合唱に参加してしまったが…。
「浩之さんはどうでした? 楽しかったですか?」
マリオは振り向き、後ろを歩く俺の顔を見る。
…何とまあ、邪気のない顔というか…。
マルチとはまた違う、純な笑顔だ。
「綾香の笑顔」−「悪魔」=「マリオの笑顔」って感じだ。

その頃。
「ぶえっくしょいっ!」
豪快なくしゃみをした綾香であった。
「…風邪かしら? カラオケの後だし、後でのど飴でも舐めようっと…」

「…楽しかったぜ」
つい、頬の肉が緩む。
心の底から楽しめたかというと疑問は残るのだが、セリオやマルチが(あかり&綾香はどうでもよし)楽しんだということで、一応プラス収支(ゼロに近い状態ではあるのだが)だった。
その返答を聞き、マリオは一層笑顔になる。
俺の複雑な表情を読み取れたかはわからないが…。
「歌は素晴らしいです…」
うっとりとした表情でマリオは呟く。
あかりがそんなマリオに話しかける。
「マリオちゃん、とっても上手くて『歌姫』って感じだったね。高音も良く出るし…」
「そ、そうですか? 嬉しいですね〜♪」

マリオが主に唄ってたのは、綾香のリクエストのバラード系の歌だった。(もちろんアニメ)
元曲はそんなに上手くない人が歌っているため、そんなに評価の高い曲じゃないのだが。(なぜ俺が知ってるかは秘密だ)
しかしマリオが唄ったその歌は、オリコン上位にも入りそうなほど切なく、甘く、俺の心に響いた。

あったりめーじゃねーか、来栖川の技術力は伊達じゃないってーの。
…そう言おうとしたが、ふとマリオの顔を見て、やめた。
人間以上の能力。
そして人間にも負けない笑顔。
その2つを持ったマリオに、そんな言葉はふさわしくないと、何だか思えた。
人間でもあり、ロボットでもある…。そんな曖昧なイメージ。
だから、俺は言葉を変えた。
「マリオなら、プロ並みかそれ以上になれるぜ。俺が保証してやる」
マリオの高頭部のポニーテールを掴んで、そう言ってやる。
…普通に言うと、何だか恥かしいような気がしたからだ。
「あ゛う゛〜 引っ張らないでぇ〜」
泣きそうな顔になりながら俺の腕を解こうとするマリオ。
「フォッフォッフォ、お主にはもっともっと修行してもらわねばのう…」
どこかの映画に出てくるジジイのような声で、そんなマリオのポニーテールをもてあそぶ。
「浩之ちゃん、マリオちゃんがかわいそうだよ…」
「あうぅ、浩之さん…」
イジメにも写る俺の行為に、あかりが抗議、マルチも目で訴える。
「いーや、コレは一応俺のもんになったんだ。だから好きにするのさぁ」
うりうりと頭をこねくり回す。をを、意外に楽しい。
マリオの声は次第に恨めしそうな声になり、
「う〜 後で復讐しますよ〜」
というセリフが出た時点で、ようやく俺は手を放してやった。
ホントに復讐されちゃかなわんからな。
「…ねえ浩之ちゃん、今日は私が晩御飯作っていい?」
あかりが俺の袖を引っ張りながら、笑顔でそう聞いてきた。
「ん? ああ、いいぜ。マリオとマルチにも教えてやってくれ」
あかりの料理の技をマリオにフィードバックしておけば、いつでもあかりの料理が食えるな。
「うん、マリオちゃん、マルチちゃん、一緒に作ろうね」
「はぁ〜い♪」
頷くマルチ。それに遅れてマリオも返事。
「はい♪」
マリオが勢い良く頷くと、そのポニーテールはぴょん、と跳ねるように揺れた。

☆☆☆

-EVERYBODY'S EYE-

来栖川エレクトロニクス第7研究開発室HM開発課。
日付が変わろうというのに、その一室は煌々と明かりが灯っていた。
現在のHM開発課の仕事は、HM−12・HM−13に続く次期主力機の研究開発。
来栖川エレクトロニクスは、何度もマイナーチェンジを繰り返したHM−12・HM−13両機を筆頭に業界シェアNo.1を誇っているが、さらなる業績アップを狙っているようである。

「さて、マリオは達者にしてるかねぇ」
コーヒーを片手にくつろぎモードに入っている男。
…長瀬主任である。
彼はHMX−14『マリオ』の開発チーフを任されていた。
「主任〜。くつろいでるヒマがあったら手を動かしてくださいよ〜」
その横の席で端末のキーボードを叩く若い男。
ひょろっとした身体に柔和な顔。その顎には似合わない不精ひげが生えている。
「データまとめるの今週中でしょう? このままじゃヤバイっすよ」
画面に向いている顔を動かさずに、長瀬に現在置かれている窮状を説明する。
もっとも、長瀬は判ってやっているのだが。
「まあまあ、娘のことを思ってやるのも親の務めさ。七瀬くんはマリオはもうどうでもいいのかね?」
七瀬はその言葉にピクッと反応し、立ち上がって長瀬の方を向く。
「…いいえっ! 誰がどうでもいいなんていいましたか!?」
その声は、長瀬どころか言った本人の七瀬も驚く程のボリュームであった。
「まあまあ、そう怒鳴ることないだろう」
落ち付け、とジェスチャーで示しながら、長瀬がなだめる。
七瀬は、ふう、と息をついてから、
「マリオは僕の大切な娘ですよ…」
と、呟いた。
それに頷く長瀬。
「そうだね、開発では君が先頭に立ってやっていたし…AIの調整だって進んでやってくれていた」
開発に関わった日々を思い出しながら、長瀬はそう言った。

マリオ開発の現場責任者は長瀬ではあるが、実質的な開発担当は七瀬である。
もちろん、HMXシリーズのノウハウのフィードバックは長瀬にサポートしてもらっていたが。

「今回のモニタテストだって、ちゃんとやれてるかとか、変なことされていないかとか、もう心配で心配で…」
長瀬から見てもとても不安げな表情で、自分の手を見つめる七瀬。
長瀬は少し苦笑いをして、安心させようとする。
「大丈夫だよ、彼に任せておけば安心していいよ」
彼、とは浩之のことだ。
自分の娘のようなマルチを預けているためか、長瀬の浩之に対する信頼は厚い。
「僕は彼のことはまだよく知りませんから…」
少し不機嫌そうな顔をして、七瀬は椅子に座り、画面に向き直った。
「マイナスに考えがちなのが君の悪い癖だね」
つい、長瀬はそう言ってしまった。
「…すいませんね」
画面とにらめっこしながら、言葉だけを長瀬に向ける。
無表情を装ってはいるが、その言葉はかなり不機嫌そうだった。
長瀬はそんな七瀬を見てやれやれ、といったポーズを取る。
「大丈夫だよ」
そう口にしてから、長瀬は言い直した。
「マリオなら大丈夫だよ。君の娘だろう?」
七瀬のキーボードを打っていた手が止まる。
そして、七瀬は少しだけ表情を緩め…。
「…はい!」
その一言だけを、答えた。

☆☆☆

朝。

シャアッ。
カーテンが勢い良く開かれる。
「う、うーん…」
窓から注ぎ込む眩しい光を顔に受け、浩之はまどろみの中から現実世界に帰ってきた。
「おはよーございます、浩之さん♪」
ベッドの横にはマリオが立っている。
その表情は、とてもにこやかな顔だった。
「もーちょい…」
そう浩之が呟くが、マリオはそのまま浩之を揺さぶる。
「さぁ、現実逃避は止めて起きてください!」
そしてなかなか起きないと見るや、がばぁっと布団を奪ってしまった。
「さ、さみぃよー」
「寒いなら着替えてください♪」
マリオはにっこりと笑い、しかし有無を言わさぬ口調。
今後もマリオが起床係を担当すれば、浩之の意思に関わらず早く起きられるであろう。
それはほぼ確実であった。
「今起きないと、御飯無しですからね〜」
「んがっ、なんじゃそりゃ!?」

END

あとがき

皆様いかがお過ごしでしょうか、李俊はようやく第2話を書き終えました。
…長かった…。1話から半年ぶり?
もしかしてこのままお蔵入りしてしまうのかと自分でも心配になるくらいでしたが、のーみそ絞って何とか完成です。
マリオの高性能、成長過程を見せられたかなぁ〜と思いますがどうでしょうか?

オリジナルで登場した七瀬さん。
彼も今後、キーパーソンとして出してくつもりです。活躍にご期待。
…あんまり話の先を話してると後で苦しくなってしまうので、このへんで。(^^;

第3話にご期待ください。…いつになるか判らんけど。(ぉ


おまけ

マリオ「誰ですか? この人」
浩 之「ただのオカマだよ」
マリオ「この人は?」
浩 之「それもオカマだよ」
マリオ「なるほど。それで『まりおと すてきな おかまたち』ってわけですね!」
浩 之「…ダジャレかいっ!」(びしっ)


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