年の瀬も押し迫った12月24日、マリオとマルチは買い物に出掛けて来ていました。
「うーん、もう少し負かりませんか?」
「いやぁ、マリオちゃんも食えないねぇ」
お肉屋のオジさんが、頭を掻いて苦笑しています。
「しょうがない、ちょっと量をオマケするからそれでいいだろ?」
「はい、ありがとうございます♪」
どうやら、商談が成立したようです。
少し値が張るお肉を、交渉の末に値切って買うことに成功しました。
「はうぅ、マリオさんスゴイです。少しお話しするだけで安くしてもらったり、オマケしてもらったりだなんて」
「うふふ、これは私の誇る能力のひとつだから。だけどマルチ姉さんも、値切る手段はあるわよ〜」
マリオは実に楽しそうな顔で、返事を返します。
「え、どうやるんですか?」
「えーとね、相手の顔をじっと見て、泣きそうな顔で『お願いします〜』ってやればOKよ」
マリオは両手を口の前で組んで、実際にやってみせました。
いわゆる、『泣き落とし』という方法ですね。
マルチは感心して見入っています。
「はぁ〜。そうやると、私でも安くして貰えるんですかぁ〜」
「あ、でも人によっては通用しないかな。優しそうな人にやらないとダメね」
そんな話をしながら、買い物を終えた彼女たちは家路を帰っていきます。
今日がクリスマスイブだということ以外は、それはいつも通りの光景でした。
「今日の料理はクリスマス用に豪華にしなくっちゃね」
「そうですね〜。浩之さんにもあかりさんにも褒めてもらいたいです」
「そうね、『もう参りました』って言わせるくらいのを……」
マリオがそこまで言って、歩みを止めました。その場でキョロキョロと周りを見渡しています。
マルチは怪訝そうに、彼女に問い掛けます。
「どうかしたんですか?」
マリオは周りを見回しながら、返事をします。
「今、かすかに鳴き声が……」
「鳴き声、ですか?」
「うん、猫の鳴き声……小さいけど、確かに聞こえた。何だか、困ったような鳴き声だった」
どうやら、かすかに聞こえた猫の声が気に掛かったようでした。
本来メイドロボである彼女は、あまり雑音には興味を示さないことが多いのですが。
……今度は、マルチが反応しました。
「あ、私も聞こえました。にゃーん、って鳴いてます」
「公園の方からですね。ちょっと行ってみましょう」
マリオとマルチは、近くにある公園に入っていきました。
「確かに聞こえるんだけど……どこかな」
「あ、あそこです。あのダンボール箱」
マルチが指差したそこには、確かにみかん箱サイズのダンボール箱がありました。
2人が駆け寄って、中を覗き込みます。
「あ、やっぱり猫さんです〜。小さいですね〜」
「子猫が3匹……どうも捨て猫みたい」
マリオの言う通り、箱の中には子猫が3匹いました。
一緒に入れられている古いタオルを毛布代わりに、何とか寒さを耐えているといった感じです。
見直してみると、ダンボール箱には『誰か貰ってください』という文字がマジックで書かれていました。
「……かわいそう」
ポツリ、とマリオが呟きました。
猫たちは目は開いていますが、まだ子供のようです。餌を探すほどの大きさには全然足りません。
時折鳴き声を上げるのも、お腹が空いているサインなのでしょうか。
「かわいそう……ですね」
マルチも、そう言いました。少し考えて、猫たちがどういう境遇なのかわかったようです。
世話をしてくれる親も側におらず、飼い主に捨てられた猫たちが、このままだとお腹を空かせたまま死んでしまう……。
いつのまにか、マルチの目に涙が浮かんでいました。
「マリオさん、家に連れて行きましょう。このままだと、猫さんたちが死んじゃいます」
「……ダメ」
「マリオさん?」
マリオの拒絶の言葉を聞いて、マルチは驚きました。
かわいそうに思っていて、何故ダメなのか。
「……浩之さんに、なんて言うの?」
マリオはそう言いました。
「事情を話して、お願いすれば……そうすれば、許してくれますよ」
「浩之さんに迷惑は掛けられない。……姉さん、私たちはメイドロボなのよ?」
マリオは、マルチに諭すように話を続けます。
「私たちは、メイドロボなの。主人に尽くすための存在……。だから、私たちがかわいそうだと思っても、主人に対して不利益になるような面倒を持ち込んじゃいけない。そうでしょう?」
マルチは、黙ってしまいました。マリオの言葉に、返す言葉がないからです。
マリオは、しゅん、としょげてしまったマルチに、優しく声を掛けます。
「……だから、連れてっちゃダメなの」
「でも……でも」
マルチは涙をこぼしながら、鳴き声を上げる猫たちを見つめます。
「このまま放っておいたら、猫さんたち死んじゃいます。こんなにお腹空かせてるのに……」
「放ってはおかない」
短くそう言うと、マリオは持っている買い物袋の中を、ゴソゴソと探り始めました。
「マリオさん?」
マルチは、彼女が何をしようとしているのか分かってないようです。
怪訝そうな顔で、マリオの行動を見守ります。
……やがてマリオは、白い紙包みを取り出しました。
「それは……」
「うん、さっき買ったお肉」
マリオはそれを広げ、中にあるお肉の一片を拾い上げると、猫たちの鼻先に置きました。
猫たちはふんふんと鼻をヒクヒクさせ、お肉にかじりつきます。
「……食べ物くらいはあげなくちゃ」
マリオはニコリと笑って見せます。
それにつられてマルチも微笑みますが、すぐに表情が曇ります。
「あ、でも、そのお肉あげちゃったら浩之さんに迷惑かけてることになりません?」
マルチのその言葉に、マリオは手を振って答えます。
「大丈夫。今あげたのは、私が値切ったオマケの分だから」
「値切った分……ですか?」
マリオは頷きながら、お肉を包み直しました。
そして、その包みをマルチに見せます。
「値切らずに普通に買えばこんなものだから。だから、浩之さんに迷惑は掛けてないよ」
「……う、うーん。なんだか釈然としないです〜」
「ま、多少ズルいとは思うけどね」
マリオは苦笑して、包みを買い物袋に戻しました。
「明日からしばらく……大きくなるまで世話してあげよう?」
「はい、そうですね」
2人は、肉をかじり続ける猫たちを見ながら、笑い合いました。
☆☆☆
……猫たちが肉を食べ終えてから、マリオとマルチは公園を出ました。
「お、いたいた」
そこに声を掛けてきたのは、浩之でした。
「浩之さん? どうしたんですか」
「どうしたって……ちょっと戻りが遅いから」
そう言われてマリオは、猫たちといた時間がかなり長かったことに気付きました。
普段なら帰ってくる時間になっても、なかなか戻ってこないので不安になって探しに来たのでしょうか。
「はわわ、すいません」
「公園で何やってたんだ?」
「えーと、ねモゴ」
説明しようとするマルチの口をマリオが抑えました。
猫のことを喋らせないようにという意図でしょうか。
マルチの口を抑えたまま彼女は、浩之に答えます。
「いえ、何でもないです〜。ちょっと遊んでて……」
「ふーん。まあ、何でもないんならいいんだけどな」
「はい、それじゃー帰りましょう〜」
「もごもご」
マルチに対して、マリオは『しぃ〜』と口に人差し指を当てました。
3人はそのまま、家へ戻っていきます。
☆☆☆
「おーい、料理の方はどうだ〜?」
浩之が台所に顔を見せ、そこにいるマリオとマルチに声を掛けました。
今夜は、あかりも呼んでささやかながらクリスマスパーティーをすることになっています。
マリオとマルチは、そのための料理を作っているところでした。
「はーい、もう少しで出来ますよ〜」
「そうか。俺、ちょっと外に出てくるから」
マルチの返答を確認すると、浩之はそう告げました。
その言葉に、今度はマリオが反応します。
「どこに行くんですか? もう少しで料理も出来ますし、あかりさんもそろそろ来る頃ですよ?」
「ああ、そんなに時間は掛からない。すぐ戻ってくるから」
そう言い残し、浩之はその場を後にしました。
マリオとマルチが顔を見合わせます。
「お酒でも買ってくるんでしょうか〜?」
「うーん、でもワインもシャンパンもあるし……あかりさんへのプレゼントを買い忘れたとか」
「それだとすぐには戻って来れないですよー」
2人はいろいろと憶測を言い合いますが、どれもあまりしっくり来ません。
そうこうしているうちに、ピンポンとチャイムが鳴りました。
「あかりさんね……出迎えましょ」
「はい〜」
2人は玄関に出て行き、箱を抱えたあかりを出迎えました。
その箱の中身は、彼女の作ったケーキです。
「こんばんわ。ケーキ、ちゃんと作ってきたよ」
「こっちも、料理は万全ですよ」
「うふふ、どんな料理なのか楽しみだな」
玄関でそんな風に談笑していると、扉を開けて浩之が帰って来ました。
「あ、浩之ちゃん。こんばんわ」
「おう」
マリオとマルチは、浩之を見てびっくりしました。
彼は、公園にいた3匹の子猫たちをその手に抱えていたのです。
「浩之さん、その猫たち……」
「ああ、公園にいた猫だよ。お前らの挙動が怪しかったんで、ちょっと見に行ってきた」
浩之はそう言ってから、猫たちを床に降ろしました。
「猫だ〜。可愛い〜」
「猫さん、寒くなかったですか〜?」
マルチとあかりがそれぞれ、降ろされた猫たちを撫でてあげてます。
浩之はそれを見ながら、少し困った顔のマリオに話し掛けました。
「何で連れて来なかったんだ?」
「……浩之さんに、迷惑が掛かると思ったからです」
マリオは、公園でマルチに言ったことを浩之に話しました。
でも、浩之はそれに笑って答えます。
「……少しくらい迷惑であっても構わないさ。それだけ、俺が頼られてるってことだからな」
「でも、私たちはメイドロボです。私たちは主人に対して、奉仕する立場にいます。それが……」
「マリオ」
浩之は少し強い口調で、マリオが話すのを止めさせました。
「メイドロボとか、そういうことは気にすんな。少なくとも俺は、人とメイドロボを分けて考えたりはしたくないんだ」
「でも……」
「俺は家事をいつもお前たちに頼ってる。だから、お前たちが俺に頼ることがあってもいい。……それで、いいじゃないか」
ポンとマリオの頭を軽く叩いて、浩之は微笑みます。
「それより、腹減った。早く始めようぜ。あかり、用意手伝ってやってくれ」
「うん。猫ちゃんにもご飯あげないとね」
「猫さん、暖かいところに行きましょう〜」
浩之、あかり、マルチがそれぞれ動き始めました。
でも、マリオはまだその場を動きません。
居間に向かって歩きかけていた浩之が、その背中に優しく声を掛けます。
「マリオ、猫なら心配すんな。大学で貰ってくれる人探すからさ」
「……」
「せっかくのクリスマスなんだから、にこやかに行こうぜ」
マリオは、ゆっくりと振り向きました。
その表情は、泣いてるようで、笑っているようでもあり。いろいろな感情が入り混じっているようでした。
「浩之さん」
「ん?」
「私、なぜ長瀬主任が私をここに来させたのか、今になって分かった気がします」
そのマリオの言葉を聞いて、浩之はニヤッと笑い、言葉を返します。
「なんだ、今頃分かったのか」
「はい」
今度は満面の笑みを浮かべ、マリオは答えました。
「ようやく、私の中の浩之さんポイントがプラスに転じました」
これには、浩之も苦笑するしかありませんでした。
☆☆☆
七瀬さん、長瀬主任。私は今、嬉しい気持ちで一杯です。
この“ありがとう”の気持ちを感じられるようにしてくれたお2人に。
そして、この気持ちを与えてくれた浩之さんに。
── Merry Christmas ──
あとがき
今年最後のマリオさん。
ほのぼの路線を狙って書いてみました。どうだったでしょうか。
マリオが「メイドロボの分」を頑なに守っていたものを、浩之がそれを溶かしてあげた、というストーリーにした……つもりです。
ここらへん、上手く表現できてるかどうか実は自信ないです。
読んだ方、肯定意見でも否定意見でも構わないので、ちょろっと教えていただけると有難いのですが。
次の十一話は1月中にお届けします。
……ネタ全く考えてないんで、浮かんだらってことになりますけど。
締め切りは破らんよーにしますので、見捨てないでください〜。
ではでは。ちょっとでもいいので感想プリーズ。