あたしは、耕一が好きだ。
ずっとずっと、好きだった。
…今日こそは言うよ。
ずっとみんなに遠慮してたけど…。でも…もうこのままじゃ嫌。
全部自分の気持ちを打ち明けて、すっきりしよう。
別に断られてもいいんだ…あたしのケジメの問題だから。
断られても、また前みたいにじゃれあうことは出来るだろうから。
だから…言うよ。
「…耕一」
耕一の部屋に入ったあたしは、寝転んで本を読んでいる耕一に話しかけた。
「ん…どうした梓」
本を閉じて、あたしの方を向く耕一。
その手に持ってる本は、「ムレムレ女子高生」というタイトルの雑誌だ。
…まったく、この男は…。なんでこんなヤツ好きになっちゃったんだろ。
ま、それは別に今回はいいんだけどさ。
「ちょっと話したいことがあるんだけど…」
耕一は、あたしのマジメな口調から何かを察したのか、ざざっと身を正し、正座の体制になった。
へえ…耕一も気付いてくれてるのかな、あたしの気持ちに。
…まんざらでもないかも♪
「す、すまんっ!」
「へ?」
いきなり耕一は手をついて謝る。
…なに? なんなの? 言わない前から「ゴメンナサイ」なの〜?
「…あれは、ちょっとした好奇心からだったんだっ!」
「は?」
言ってる意味がわからない。
「『は?』…ってお前…俺が洗濯前の梓のブラジャー持ってったのを、咎めに来たんじゃないのか?」
な…にぃ…。
「こういちぃぃぃぃっ! 自分からよく言ってくれたぁぁぁぁっ!」
「げっ…それじゃなかったのか!?」
自分から白状してしまったことに気付いた耕一は、ずりずりと後ずさった。
「今頃気付いてももう遅いわっ!」
「わわわわわっ! す、すまん、すぐ返すから、なっ!?」
返せば許すと思ってるのかっ…と言いたいところだけど、とりあえずは返してもらってから、ね。
「とにかく、どこにあるのよっ!?」
あたしの問いに、耕一はポッと顔を赤らめる。…なんで?
「それは…」
「それは?」
「今…俺が付けてる」
…ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞっ!
「この…ヘンタイィィィィィィィィィィィィッ!」
<ぶゎきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!>
「ぐはあああああああああああああああああっ!」
…ついあたしは、渾身の右ストレートを放ってしまった。
畳の上には耕一が…白目を剥いて、気絶している。
…あたしがやっちゃったのね。はあ。
告白どころじゃなくなっちゃったなあ…。
…とりあえず、ブラジャーは返してもらわないと。
…シャツの胸のボタンを外して…。
……。
…なんか、あたしが耕一を襲ってるみたいね、これ…。
ボタンを外し終えて、胸を開く。
その耕一の胸には、あたしのブラジャーが妖しげに付けられていた。
このヘンタイは…。あうあう。
…苦労して何とかブラを外させたあたし。
よく見てみると、ブラはビローンと伸びていた。
「…ムリヤリ着けやがったな、こいつ」
耕一はけっこう胸囲があるので、かなり悪戦苦闘してこれを着けたようだ。
耕一の胸にも、食い込んだ痕が残ってる。
そこまでして、やるほどのことなのかいな。
「うう…お気に入りだったのにぃ…」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
…耕一はまだ気絶中だ。死んではいないはず…。
……。
…うーん。よく見てみると、耕一って体格いいなあ…。
運動はしないって言ってたけど、陸上部の先生よりもいい身体してる。
やっぱり鬼の血のおかげかな?
ちょっと触ってみようかな…。
っておいおい梓、それはまずいでしょー。
でも…ふみゅー。いいなあ。
…下はどうなってるのかな?
下着の上からおったててるのは見たことあるけど…ナマで見たことはないなあ…。
って、「おったててる」だなんて、乙女にあるまじき言葉よ梓!
しかも何考えてるの、ナマで見たことないだなんて! 普通はないのが当たり前よぉっ!
「…梓お姉ちゃん…」
はっ。
後ろから呼ばれたあたしは、クルリと後ろを向いた。
…部屋の入り口には、初音が口を押さえて震えていた。
「あ、初音…」
いきさつを言いかけて、ふと考えた。
…ちょっと待て。この状況は…。
「お、お姉ちゃん…そ、そういうことは…」
…案の定、初音は誤解しているようだ。
「あ、違う、違う! これは耕一が…」
弁解するあたし。
しかし初音には、あたしの言葉が届いてないようだ。
「そ、そそそういうことは、どど同意の元にやらないと、ままままずいと思うのっ!」
「わーっ何言ってんのよ、はつねぇぇぇぇぇっ!」
どーやら、あたしが耕一を襲っていると思ったらしい。
…状況的にはそう見えるんだろうけどさぁ…。
…確かに、ちょっとはそんな気持ちにはなったけどさぁ…。
「そういうことは、真夜中にこっそりやった方がいいと思うのぉぉぉぉぉっ!」
だだだだだだだだだだだだだだだだだだばたんっ!
初音はそう言い残し、自分の部屋の方へと走り去った。
初音…あんたも大人になったんだねぇ…。
って、ちゃうやろ! 夜中にこっそりやろうがやっぱり犯罪やねん!
と、自分にツッコミを入れて、と。
…はう〜。しっかし、何でこういう展開になるのかな〜。
☆☆☆
夕食。
千鶴姉、楓、初音と共に、食事を取るあたし。
…耕一は、布団に寝せといたままだ。
千鶴姉や楓には、「眠そうだから寝せておいたよ」と嘘をついた。
…別にホントのこと言ってもあたしは構わないけど…でも、耕一のヤツがいづらくなっちゃ可哀想だし。
だあっ! あたしはなんであいつのために、こんなに気にしてやらなきゃなんないワケ!?
…そりゃ、好きだから、なんだけどさ。ふー。
初音に対しては、耕一が立ち眩みでバランスを崩して頭を打った、というウソ話をしておいた。
初音はいい子だから、すぐに信じてくれた。
「なあんだ、てっきり梓お姉ちゃんが、痺れを切らして実力行使に出たのかと思っちゃった」などと抜かしたが…。
「ふう…今日も御飯が美味しいわね…」
美味しい、という割には、元気のない声を出す千鶴姉。
「何だよ、辛気臭い声で言うなよな」
「…だってねえ…男女の梓にこんな美味しい料理が作れて、なんで女らしい私には作れないんでしょう」
…ひくひく。
「嫌味言うんなら、明日から千鶴姉だけ飯抜きにするよ」
「嫌味じゃないわよぉ。愚痴よ、愚痴」
しれっとした顔でそうぬかす。
…ったく、このクソ姉が。
「で、でも、梓お姉ちゃんだって、最初から料理が上手かったわけじゃないでしょ?」
空気が険悪になってくるのを見かねて、初音ちゃんが会話に割って入る。
…がしかし。
「は、つ、ね、ちゃん。それは、私が、努力を、してない、と言いたいのかなあ?」
…部屋の気温が3度下がったような気がした。
「う、ううんっ全然そういう意味じゃないよっ。…でも梓お姉ちゃんだって、何もしないで上手くなったわけじゃないって、そう言いたいだけでっ」
手をブンブンを振って、千鶴姉の怒りを解こうとする初音。
「…そう。ならいいけど」
…そう言って千鶴姉は、おかずをパクッと口の中に放り込む。
やれやれ…。
…初音も、ほっと安堵の息を洩らした。
「でも…確かに初音の言う通り、上手く作れるようにって、頑張ったからなあ」
ボソリと、誰に言うともなく呟く。
そう…、耕一に美味しいものを食べさせてあげたくて…。
だから、あたしは上手くなるために頑張れたんだ。
耕一のために、料理を作る日を夢見て…。
耕一が、「ごちそうさま」って言ってくれるのを夢見て…。
「…ごちそうさま」
そう、こんな風に。
って、ええ?
「…楓、いつも言ってるけど、もう少しゆっくり食べなさい。消化に悪いわよ」
千鶴姉が、箸を置いてお茶を飲み始めた楓に向かって、注意した。
あ、なんだ、楓が言ったのか。
「どうしたの梓お姉ちゃん、ぼーっとして」
怪訝そうに顔を除きこむ初音。
「あ、別に…なんでもないよ」
「そう?」
しかしそこに、千鶴姉のチャチャが入る。
「梓があまり食べないなんて珍しいわねぇ。明日は大雨ね」
ひ、人を天変地異のように…。
だったら、千鶴姉がまともな料理作ったら、そりゃもう地球滅亡よっ!
…などとは口が裂けても言えない。
言えないったら言えない。
言ったら死ぬわいっ。
<ずずずっ>
楓が茶をすする…。
「お茶がおいしい…」
遠い目をしてひとり呟く…。
…こりゃ完全に、自分の世界に入ってるよ。
ある意味、こいつが一番いい性格してるのかもしれない…。
☆☆☆
…しばらくして。
あたしは、耕一の部屋まで様子を見に行った。
「耕一…入るよ」
ささっと部屋の中に入る。
耕一はまだ布団に横になっている。
耕一の顔は向こうを向いていて、起きてるかどうか判らない。
「耕一?」
「…起きてるよ」
あたしの問いに、ボソッと呟くように返す耕一。
あたしは、その横になってる布団のそばに座った。
「…御飯、食べる?」
「…後でいいよ」
向こうを向いたままで返す耕一。
…殴ったことを怒ってるのかな?
でも元はといえば耕一の方が悪いんだけどな…。
「…怒ってる?」
「いや…俺の方が悪いんだし、別にそういうわけじゃない」
なんだ、怒ってるわけじゃないんだ。
「…じゃ、なんでそっち向いてるの?」
「それはだな…」
「それは?」
耕一のもったいぶった言い方に、ついつい乗ってしまうあたし。
「それは…殴られたところから、血が止まらないんだ…」
あ、そうなの。
それは大変ね。
……。
「なぁぬううううううううううううううううっ!?」
血が止まらないっ!?
やっぱりあの時、思いっきり行きすぎたんだっ…。
「…ってのは嘘でだな」
「そう、力が強すぎて、やっぱり嘘で…って、え?」
…嘘?
「だから、血なんか出てないよ」
耕一は、相変わらずあっち向いたまま、そう答えた。
「…こういちぃぃぃぃぃっ!」
「あっ、悪かったっ、今ので怒ったんなら謝るっ!」
あたしが握り拳を作ると同じに、ついに耕一はこっちを向いた。
殴られちゃかなわんと思ったのだろう。
「…顔、別に何ともないじゃない」
あたしは、耕一の顔をキョトンと見る。
…別にアザになってるわけでもなく、いつもの見慣れた顔。
「だから嘘だって言ってるだろ…ふう」
あたしに攻撃されずに安堵したのか、一息ついて耕一はそう言った。
そして布団からムクリと起き上がった。
「じゃ、何でこっち向いてくれなかったの」
「いや…俺があんなヘンタイ行為をしていたがバレたのかと思うと…」
肩を落とす耕一。
…何を今さら。
「別にあたしは…」
気にしないよ、と言おうとしたが。
「いや、梓はいいんだ」
「はい?」
「…千鶴さんや、楓ちゃんや初音ちゃんにバレたのかと思うと…ううっ、俺はもう生きてはいけない〜」
…あたしはアウト・オブ・眼中なのね。
そうかい、そうかい。
「あのねっ! 全然バレてないよっ!」
声を荒げて、否定するあたし。
このまま行くと、何だか首をくくりかねない雰囲気だったから…。
「…え? 言ってないのか?」
「うん」
…しかし、そのあたしの返答に、何故かジト目になる耕一。
「…何が目的だ?」
こいつぅ〜、そういう打算で黙ってると思ってるのかいっ!
やっぱりバラしちゃえば良かった…。
…いや、待って…これは逆にチャンスかも。
これを機に、耕一に告白してしまえば…。
よし!
「…耕一」
「ん?」
ええいっ言っちゃえいっ!
「あたしと…付き合って欲しいのっ!」
い…言っちゃった。
ついに言っちゃったよ〜。
「え…そんなんでいいのか?」
えええっ!?
いいのか…って、OKってこと?
ううっ、神様ありがとうっ! 今まで生きててよかったよ〜。
「で、どこにいくんだ?」
「…はい?」
頭の中で小躍りしていたあたしは、耕一の言葉で現実に戻された。
「『はい?』って、おいおい、行き先もわからずに付き合え、って言われても困るぞ」
……。
も、もしや…「付き合う」の意味が違う…?
「耕一、あたしの言葉、どこかに行くから一緒に来てほしい…って意味で取った?」
「…それ以外に何があるんだ?」
…グゴーン。
頭の中で除夜の鐘が鳴り響いた。
『今年ももう終わりですねぇ』
『来年はいい年にしたいですねぇ』
『私は来年こそ、独立してみせますよ』
『おお、それはいいですな』
頭の中では、正月着姿の親父どもが除夜の鐘を聞きながら、新年に向かって抱負を語っている。
「おい、どうした梓」
「そう、あたしは来年こそはおしとやかに…って、え、え?」
耕一の言葉で現実に引き戻される。
「ブツブツ何だよ、何か不満でもあるのか?」
不満…というより、こっちの意図通りに取ってくれなかったのがなあ〜。
「…別に不満というわけじゃないよ…」
「わかった、おごって欲しいんだな? でもダメだぞ、今は貧乏だからな」
か〜。全く、鈍感なんだからぁ〜っ。
でも…明日一緒にいれば…チャンスはあるよね?
「いいよ、おごらなくても。明日付き合ってくれさえすれば」
「そうか、じゃどこに行くんだ?」
そうね…。
「…映画でも見ない?」
あたしの言葉に、意外そうな顔をする耕一。
「なんだ梓、1人で映画館に入れないのか? ガキだな〜」
「ちがわいっ」
思わず突っ込んでしまう。
「…ま、それはおいといて。明日は映画ね。はいはい」
耕一は、頷いてあたしの言葉を復唱する。
…ったく、もう。いつだってそうなんだから。
気付いてて、わざとおちゃらけてるのかと思えば、全然気付いてないんだから…。
この大ボケ鈍感男がっ!
「梓、騒いでたら腹が減ったぞ」
「…はいはい、すぐに用意しますよぉ…」
もう決めたからね。
…明日こそは、伝えてみせる!
この気持ち、絶対に伝えてやるんだからぁぁぁぁぁぁっ!
「妙にリキ入ってんな〜、梓」
……。
☆☆☆
そして、翌朝。
「うらあっ、やってやるぅ!」
目を覚ましたあたしは、布団からガバッと跳ね起きると、窓を思いきりよく開けた。
今日の天気は…。
<ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!>
…雨だ。
ものすごいどしゃ降りだ。
何が何でも雨なんだ〜。
これを「おおっなんという快晴だ!」なんていうヤツがいたら、そいつはもう脳が天気なんだろう。
「…な、なんなのよぉぉぉぉぉっ! この天気!」
ラジオをつけて、天気情報を確認してみる。
『…隆山地方を中心に前線が停滞し、局地的な大雨が振っております。なお、この雨は一日中降り続き…』
<…ぶち>
一体なんなのよぉぉぉ。人がせっかく気合を入れてるってのに…。
これじゃ、昨日の千鶴姉の『梓があまり食べないなんて珍しいわねぇ。明日は大雨ね』ってセリフそのままじゃないのっ!
雨降ってることより、そっちの方が悔しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
「梓お姉ちゃん?」
ふと、部屋の入り口から初音の声が。
「…何?」
初音はすでに着替えていて、こちらを伺っている。
「朝御飯の用意、一緒にしようと思って…」
「あ、ごめん、すぐ行くから」
朝食の用意は、いつもあたしと初音の2人で作っている。
千鶴姉には飯は作らせられないし、楓は超低血圧で朝は全くダメだからだ。
「じゃ、台所にいるから…あ、お姉ちゃん、枕はもう少し優しく扱った方がいいと思うよ」
そう言って初音はパタパタと小走りに去っていった。
…どうやらあたしは、まるで首を締めるように、枕を両手で思いっきり握っていたようだ。
全然、気が付かなかったよ…。てへ。
☆☆☆
…私はテーブルに突っ伏していた。
「はう〜〜〜」
何度目のためいきだろう。
数えるのも嫌になるくらいだ。
「梓、もう少し静かにしてなさい」
会社に行くためにバタバタと行き来している千鶴姉に、注意されてしまった。
テーブルの私の向かいでは、初音がゆっくりと朝食を食べている。
「…お兄ちゃんと出掛けるんだったの?」
「う〜〜〜」
唸るように答えるあたし。
「…どこに行こうと思ってたの?」
「え〜〜〜が〜〜〜」
「雨でも映画館はやってるよ」
「そりゃそ〜〜〜だけどぉ〜〜〜」
「私はお留守番してるね。頑張ってね」
「うう〜〜〜あんたはいい子だね〜〜〜」
ううっ、泣けてくらぁ。
でも、問題は耕一なんだよな〜〜〜。
絶対、『今日は止めとこう』とか何とか言って、出ないはずだよぉ〜〜〜。
「お〜い、梓」
…耕一の声だ。
ムクリと起き上がり、声のした方を見る。
「なぁに〜」
「なんだ、そのやる気のない声は」
そして耕一は私の隣りに、どっかと座tった。
「悪かったね〜〜〜」
「とりあえず飯をくれ」
「初音〜〜〜飯だってぇ〜〜〜」
「うん、わかった」
初音が、ジャーにある御飯をよそる。
「横着してるな…。まあいいか。それで、何時なんだ?」
「…へ?」
「『へ?』じゃなくってさ。何時に出るんだ」
「…はひ?」
…あたしはつい、マヌケな返事を繰り返してしまう。
「おいおい、映画に行くって、昨日言ってただろ」
呆れた口調で聞いてくる耕一。
「え? …行くの?」
この横着野郎が行くって?
「…行かなくていいのか? じゃ、別に行かないけど」
「あっ、あーっ、行く行く。行くから、一緒に行こうっ」
耕一が行ってくれるとは予想外だったけど、こりゃラッキー♪
…ラッキーって…よく考えりゃ、雨さえ降らねばこんなことは考えることはなかったんだが…。
ま、いいか。
「…じゃ、10時頃でいい?」
「ああ、いいよ」
よぉっし! 計画はこのまま実行できるっ!
ふっふっふっふー♪
「…梓…」
ふと、耕一が話しかけてくる。
「…何、耕一?」
「頼むから、隣りでガッツポーズしながらニタニタ笑わんでくれ。飯が不味くなる」
ガガァーン!
こ、このあたしの天使の微笑みをぉぉ…。
☆☆☆
玄関を開ける。
<ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!>
雨は降り続いていた。
かなり強い調子で、まだまだ止む気配はない。
しかし…耕一とでぇとなんだっ!
こんなとこで、へこたれてたまるくゎいっ!
「…いやいや、すごい雨だな」
隣りで傘を広げた耕一が、空を見上げて呟いた。
「…そうだね」
…傘か。
このまま、映画館まで相合傘、なんてのもいいな…。
「ね、耕一。傘に入れて」
きゃー。あたしったら恥ずかしいことを…。
…しかし、耕一の答えは。
「…自分の傘持ってるのに、何考えてんだ?」
ぐげーん。
あっさりと断られてしまった。
この時ほど、自分の傘を恨めしく思ったことはない…。
この傘さえなければ…。
<…ベキッ>
「あ、折れちゃった」
「折れちゃったじゃねーっ! 自分でヘシ折って何言ってるんだっ!」
あたしの手には、まっぷたつに折れた傘。
…自分で折ったとも言えないこともないかもしれない。
「折れちゃったものはしょうがない。…というわけで傘に入れて」
「…人の話聞いてねーな」
聞こえてるよーん。だけど聞こえないフリ♪
というわけで、再度お願い。
「い・れ・て♪」
「ダメだ」
…くっ、強情なヤツ。
「なんでぇ? あたしの傘はもうないよぉ?」
「このザーザー降ってる中を、1本の傘で行けるかっ! 別なの借りて来いっ!」
ちぇっ。結局ダメかぁ。
相合傘で急接近…そして2人はラブラブな関係に、という思惑がぁ。
☆☆☆
結局、2人は別々の傘で、映画館まで来てしまった。
「今日は空いてるね」
ここで上映されている『ONE 〜輝く季節〜』は、超人気沸騰、好評絶賛の映画で、休日ともなれば待つ人で行列になるはずなんだけど…。
「…この雨の中、普通は出歩こうとはしないだろ」
耕一が傘をたたみつつ、そう口にした。
「…じゃ、あたしたちは普通じゃないんだ」
「いや、普通じゃないのはお前だけ。俺は単に付き合ってやってるにすぎない」
「な、なにおーっ」
そして2人は、よく見える席に陣取り、上映を待つ。
「そういえば耕一、この映画ってどういう内容なの?」
よく考えてみると、あたしは人気がある、ということしか知らない。
「…なんだなんだ、何も知らないのにこれを見に来たのか?」
耕一はそう言うと、そのままウンチクモードに突入した。
「この映画はなあ、折原浩平という少年が幼い頃の盟約に縛られ、その存在をこの世界から消されてしまう悲劇のストーリーなのだ」
「ふうん」
「しかしこの世界に残るために、彼はこの世界との絆を深めるようと努力するのだ。ヒロインとの絡みも見所だな」
「へえ」
「もう、涙なしではいられない、感動のストーリーなのだ。梓もハンカチ用意しとけよ」
「あたし、映画で泣いたことないよ」
泣くのは千鶴姉にいぢめられた時だけだ。
「じゃ、これが初体験というわけだな」
自信たっぷりに耕一はそう言った。
…泣くまでは行かないと思うけどな〜。
<ブーーーーーーーーーーー>
「おっと、始まったのか?」
「違う…何かの予告みたいよ」
スクリーンに映ったのは、映画の本編ではなく、別作品の予告のようだった。
(桜の咲く季節…俺は一体、どんな出会いをするんだろう)
<ババーン!>
(幼なじみの少女、中学からの悪友、心を閉ざしている秀才少女…)
『…朝御飯、ちゃんと食べてる?』
『今日のトップニュースよ♪』
『気安く話しかけんで』
<ズガーン!>
(格闘技に生きる少女、怪しいハーフの帰国子女、超能力を持つ少女…)
『頑張ります!』
『コトワザって好きネ』
『私といると不幸になります』
<ベベーン!>
(黒魔術を使うお嬢様、メイドロボット、貧乏少女、その他)
『………』
『はわわわわ〜〜〜』
『貧乏はいやぁ〜』
『その他って何よぉぉぉっ!』
<ドドーン!>
(あなたの、こころへ)
<ドッギャァァァァァン!>
(プレイステーション版『To Heart』!)
(…この冬、ついにあなたの元へ)
「へえ…面白そうだな」
「あれ? 耕一、こういう恋愛ものが好きなの?」
「まあな」
ふうん。耕一の意外な一面を知っちゃった。
…場内が急に静まる。
「おっと、今度こそ本編だな…」
☆☆☆
…そして上映は終わった。
「はあ…感動した」
隣りで耕一が、そう言って天井を見上げた。
照明がだんだんと付いて、あたりが明るくなってくる。
「どうだ梓、感動しただ…」
ぴた。
耕一が、あたしの方を見て、動きが止まった。
なぜなら…。
「うっうっ…(ずびずびぃぃぃっ)」
あたしの目から、涙がダクダクと流れていたからだった。
「あ、梓…」
「あううううう…良かったねぇ、浩平くん〜(ずびずびずびぃぃぃっ)」
ちなみにこの(ずびずびぃぃぃ)は、恥ずかしながらあたしが鼻水をすする音だ。
「おいおいおい、鼻をかめよ。恥ずかしいだろ」
きょろきょろと周りを気にする耕一。
…周りには、それほどあたしたちに注意している人はいなかった。
「あう〜〜〜だって〜〜〜涙がぁ〜〜〜」
「しょうがないなあ。ほれ、ティッシュ」
耕一は、自分のポケットからティッシュペーパーを取り出すと、あたしの鼻にあてた。
「あう…」
恥ずかしいけど、しょうがない。
<ちぃぃぃぃぃぃぃぃんっ>
耕一に支えられて、勢いよく鼻をかむ。
…まるで赤ちゃんだね。
「…落ち着いたか?」
「…うん、すこし」
「それにしても、梓でも泣くんだな〜」
…意地悪いことを聞いてくる。
「こ、今回は特別だってば」
「そうか? 残念、梓も泣くんだな、と思ったのに」
「え…」
も、もしかして、あたしも女の子だって認めてくれたのかな…。
再び耕一が口を開く。
「…ま、梓が泣きまくった日にゃ、あたり一帯水没するな」
…どうやら勘違いだったようだ。
「…あたしゃ怪獣かいっ!」
☆☆☆
その後は、喫茶店に入って、映画の感想会。
そしてゲームセンターへ。
でもってパチンコにと引っ張り込まれた。
「おっ、梓また当たりじゃん! 引きが強いな〜」
<ピロピロピロ…>
…なんであたしはパチンコなんてやってるんだ?
…ま、いっか。この際、小遣いを稼いでやるぅ〜。
「おおっ、またリーチ! やるな梓!」
隣りで羨ましがる耕一。
…だけど、どうすれば当たるか、あたしはよくわかってない。
とにかく銀玉を放り込んでるだけ。
耕一に言わせれば、ビギナーズ・ラックってヤツらしいけど。
…何度目かのリーチで、隣りのおじさんが羨ましそうに見ているのに気付いた。
「姉ちゃんええなあ」
誰、このおじさん…?
「いや〜、よく勝ったな梓。俺の仕送りと同じ位の額を稼いだぞ」
交換した現金を勘定しながら、耕一が屋内から出てきた。
あたしも、そう言われて上機嫌になる。
「あらそう? これもあたしの生まれ持った強運のお陰ね〜♪」
ふっふっふ。
雨の中、出てきた甲斐があったってものね。
…それにしても、何か忘れているような…なんだろ?
「よし、時間もそろそろいい頃合いだし、帰るとするか」
「そうだね」
まだ雨の降る中を、2人傘を差して歩いていく。
「…梓のお陰で、俺も何だかよく出たような気がするぜ。幸運の女神様と呼んであげよう」
「…ふふ〜ん。悪い気はしないわね〜」
…でも…何かを忘れてる。うーん。
「というわけで、また一緒に来てくれ、女神様」
「それはダメェ〜」
うーん、ホントに、何か忘れてるんだけど…。
「で、どうだった? 俺が付き合って、面白かっただろ?」
「え?」
「…ほれ、最初に付き合えって言ったのは、梓だろうが」
…言われてみれば…昨日、そんなことを言ったような…。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
思い出したっ!
告白したくて、連れ出したんじゃないかぁぁぁぁぁっ!!
「…っか〜。何だよ、急に大声出して」
耳を押さえて、文句を言う耕一。
…やばい…もう家は目と鼻の先…。当初の目的が全く果たせてないぃぃぃっ!
あたしの、告白がぁぁぁぁぁっ!
「耕一っ!!」
「わわっ! 急になんだっ!」
…あ、いかんいかん。おしとやかに、おしとやかに。
「…耕一」
やさしーく、やさしーくね。
「だから、何だよ」
「あたし…」
…言うのよっ梓! 今をおいて、もうチャンスはないわっ!
「ん?」
あたしの顔を覗き込む耕一。
「あ、あたし、あたしね…ずっと…」
さあっ!
「あたし、ずっと耕一のことが好きだったのぉぉぉぉぉっ!」
…い。言ってしまった。
ついに、ついに言ってしまったのよぉ〜。
今回はもう直球ド真ん中ストレート表現だから、間違えようがないっ!
「梓…」
耕一の顔が真面目になる。
…ど、どうなのかな、OKかダメか…。
「は、はっきりと言っていいよっ」
言いにくいかもしれないけど、とにかくあたしは結果が欲しい。
それ次第で、これからどうにでもなるから…。
「梓…わかった、はっきり言おう」
そして耕一は一呼吸おき、口を開く。
…どきどき。
「梓…そのギャグ、笑えねえ」
…は…はい?
耕一の表情が、笑顔に戻った。
「ダメだ梓、そんなギャグじゃあ俺を笑わすことは出来んぞっ」
…な、何? 笑わせる?
「『あなたの子供がお腹にいるの』くらいは言ってもらわんとなっ!」
もしかして…冗談だと…思った…のか…?
「もう少しでウケそうだったが、まだまだ梓は笑いのツボが捉えきれてないな」
…あっそう…そうなのねぇ…そういう風に見てたんだぁ…。
そうかもしれないとは思ってたけど…。
…いざ判っちゃうと、悲しいもんさねぇ。
はンあ〜どっこいどっこいと。
「どうした梓、下向いて」
「何でもないよ」
「…腹でも痛いのか?」
「何でもないって」
「もしかして笑わなかったから怒ったのか?」
「何でもないて言うとるやろこのスットコドッコイッ!」
でも…諦めない。
あたしは諦めないからね…。
「絶対に諦めないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「何を雨の中吠えてるんだよ〜?」
梓が報われる日は来るのだろうか…?
ちゃんちゃん。
あとがき
こんちゃ〜。李俊です〜。
このSSを梓フリークの方々へ捧げます〜。
梓の一途な思いを、読みとってもらえたらなあ…と思います。
コメディやっててなんですが。(笑)
「本気の告白を冗談と思われる」…本人してみりゃかなりキツイですよね〜。
キツイんですよ…フッ。(T-T)
でも、梓はめげないでしょう。
それは梓だからです。(謎)
ワシャ〜そんな梓が好きなのさぁ。
関係ないですけど、書いてて思ったこと。
梓と耕一のやり取りが、ONEの七瀬と浩平のやり取りに似てません?
少し変えれば、ONEのSSとして使えるかなあ…なんて思ったりして。(^^;
ではでは皆様、ご感想ありましたらください♪
くださいったらください♪
お願いします〜♪