昼下がりの夢
written by MAS@
(う・・・・ん)
軽い眩暈を感じ、混沌とした意識が徐々に元に戻って来る。
それに従い、薄らぼやけた視界がはっきりと像を結ぶのに、さほどの時間は掛からなかった。
「いつの間にか・・・眠ってたんだ・・・私・・・」
僅かに残る眠気を振り払い、私は はっ 、となる。
「いけない・・・こんなところ、あの人にみられたら・・・」
慌てて居住まいを正してみたりする。
でも、あの人は気にも留めず、いつもの笑顔を私に向けてくれるに違いない。
あの人はそんな人・・・
そう、私は今、あの人との待ち合わせの最中なんだ。
大切な大切なあの人との・・・・・・・
_____________________
二日前の金曜日、
放課後となり、カバンを持って教室を出ようとした私に、あの人が声を掛けてきた。
「よっ、琴音ちゃん、今帰りか?」
いつもと変わらない、気さくな笑顔。
「あ、藤田さん・・・」
私はペコリ、と頭を下げると笑顔を返す。
「おうっ、いつ見ても可愛いな、琴音ちゃんは」
あの人はそう言うと、人差し指で鼻の頭をポリポリと掻く。
照れてる時の、いつもの仕草だ。
優しい眼差しで私を見る人・・・名前は藤田浩之さん、私の一つ上の先輩。
私が気兼ねなく話す事の出来る、数少ない人でもある。
「一緒に帰ろうぜ、琴音ちゃん」
どうやら、私と一緒に帰る為に待っていてくれたらしい、あ、でも今日は・・・
「ごめんなさい、藤田さん、私、今日、部活が・・・」
そうだった、美術部に所属している私は今、展覧会に出展するための絵の仕上げの真っ最中だった。
しかも締切は月曜だというのに・・・今ほど自分の遅筆を恨めしく思った事は無い。
「すみません・・・」
私はその事を伝え、もう一度藤田さんに謝った。
「あー、いい、いい、気にすんなって、んじゃ用件だけ伝えっからさ」
すまなそうにしている私を気遣ってか、ことさら明るく言ってくれる。
「琴音ちゃん、明後日なんだけど、なんか予定あるか? 」
「明後日・・日曜日ですか?」
しばらく考えた後、これと言った用事が無い事を確認すると、
「いいえ、特にありませんけど・・・」
と、正直に答える。
「そっか、じゃ、俺とデートしようぜ」
デートと言う言葉に、私を含めた、教室に残っている数名の男女が ぴくっ、と反応する。
「ふ、藤田さん・・・・」
かろうじてこう返した私の顔は、きっと真っ赤だったに違いない。
残っていた男女は、ばつが悪そうに、そそくさと教室から出て行ってしまった。
「おっ、みんな俺達に気を利かせてくれたみたいだな、さっ、琴音ちゃん、返事を聞かせてくんねーか?」
回りの事などどこ吹く風で、笑顔で話す。
(変わってない、本当に・・・)
私は心の中で笑みをこぼす。
出会った時から何一つ変わらない。
他の事はまったく意に介さず、自分のしたい事、思った事をはっきり口にする。
一見、只の無遠慮としか思えない態度だけど、私は今まで、不愉快と思った事など一度もなかった。
「うーん・・そうですねぇ・・・」
やや落ち着きを取り戻した私は、顎にこぶしをあて、考え込むふりをする。
そう、あくまでふりだけだ、そんな事をしなくても、私の答えは決まっているのだから。
「ふふふっ、どこで待ち合わせしましょうか? 藤田さん」
「お、さすがは琴音ちゃん、話が早えーな、よし、昼の12時に公園の噴水んとこでいいか?」
「はい、お昼の12時に、公園の噴水のところ、ですね」
「ああ、日曜楽しみにしてるからな、っと、そういや絵の方は大丈夫なのか?」
さっきの展覧会用の絵の事を聞いて来る。
「ええ、ご心配なく、今日明日でちゃんと完成させますから」
私は笑顔で答える。
「そっか、でもムリすんなよ、じゃあな」
「はい、さようなら、藤田さん」
(デート、かあ・・・)
遠ざかるあの人の背中を見ながら、私は一人感慨に耽っていた。
さあ、こうしてはいられないわ、早く絵を描き上げなくっちゃ。
そうでないと、藤田さんとデートが出来なくなってしまう。
当面は絵の方に集中しようとしても、私の心はすでに日曜日に飛んでしまった様だった。
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そんなやりとりが、もう二日前の出来事となり、私は今、約束の場所にいる。
心配されていた絵の方も、滞る事無く仕上がり、あとは出展を待つばかり。
もうすぐあの人がやって来る、そう考えただけで、私の心は浮き立った。
でも・・・・・・
私はさっきから、ちょっとした違和感を感じている。
うっかり眠ってしまったのは、知らず知らずのうちに溜まっていた疲れのせいだと思う。
でも、その事を差し引いても、なにか変だ。
見馴れているはずの公園の風景が、なぜか少し違って見える。
(まだちゃんと醒めてないのかな・・・)
そう思って、右手を顔に持っていった・・・・・・・・・・・・・・・・
(・・・・・えっ?)
信じ難いモノが私の目に映っている。
(わ、私の手・・・・・)
違う! いつも見ている私の手じゃない!これは・・・・
(ね、猫の手?!)
猫好きの私にとって、ある意味見馴れた手ではあるけれど、今はそんな余裕などある筈もない。
(い、一体、どう言う事なの・・・・・)
慌てて両手を頬にあててみる。
ふわっ と、柔らかな毛の手触りが肉球を通して伝わってきた。
(あ・・・あぁ・・・)
何がなんだか訳がわからない。
思わずよろめいてしまった私は、噴水の縁から身を乗り出し、水面を覗く格好になる。
(・・・!!!)
そこに映っていたもの、それは・・・薄紫色の毛色に、紅い瞳を持つ猫の姿だった。
(はぁぁぁ・・・・・)
何度めの溜息だろうか、その度にひげがゆらゆらと揺れる。
(どうしたらいいの、私・・・)
突然猫の姿になってしまった・・・だが原因など私に解る筈も無い。
いや、今は、こうなった原因など二の次だ。
もう間もなく、あの人がやって来てしまう。
でも、ここには姫川琴音はいない、いるのは一匹の猫だけ。
その猫が、実は私なのだと判ってもらえる自信など、私にはなかった・・・その時、
(あっ!)
来た!藤田さんだ!
「はあ、はあ、はあ」
息を弾ませ、小走りで真っ直ぐこっちにやって来る。
「ありゃ、琴音ちゃんはまだかよ、はあー、急いで損したぜ」
藤田さんが、ちらっと、公園の時計に目をやった。
「12時5分か・・・」
そう呟くと、もう一度回りを見渡す。
そして私がいない事を確認すると、ふう、と溜息をついた。
(ああ、私はここにいるのに・・・)
なんだかとても悲しくなってきた。
ううん、悲しんでなんかいられないわ。
「藤田さーーーん!!」 <にゃおーーーん!!>
私は声の限りに叫んだ。
「・・・ん? 」
藤田さんが振り向いた、こっちに向かって来る。
(通じた!!)
・・・・訳では無かった。
「おっ、可愛い猫だな、チチチ・・・」
それは完全に、猫に対する仕草そのもの。
案の定、私の声は、猫の鳴き声にしか聞こえないらしかった。
(やっぱり・・・)
落胆する私の心境など知る由も無い藤田さんは、徐々に私に近付いてくる。
「よーしよし、チチチ・・逃げるなよー」
私に逃げる気など無い事が分かったのか、藤田さんは私の隣に座り、まじまじと眺めだした。
「へえ、変わった毛色してんなー、どっかの飼い猫かな? こんなキレイな毛並みだもんな」
すっ・・・と手が伸び、私の頭を撫でた。
(あっ・・・)
私は身を固くする、でもそれは一瞬の事、思わぬ気持ちのよさに、私はうっとりする。
「藤田さん・・・」 <にゃーん・・・>
「ははは、そっか、気持ちいいか、ほーれ、うりうり、うーんやっぱ飼い猫だな、人馴れしてやがるぜ」
なでなでなでなでなで・・・・・幾度と無く藤田さんの手が、私の頭を往復した。
(・・・・・・)
私は声も無く、ただその感触に酔いしれる。
「よーし、ここに来い、ここ 」
ポンポンと膝を叩き、藤田さんが私を招く。
「えぇっ!」 <にゃっ!>
驚きの声を上げる私。
(そ、そんな・・・藤田さんの・・膝の・・上・・・)
もちろんイヤな訳じゃない、むしろその逆だ、でも・・・でも・・・
「ん? どした? ホレホレ、来い来い」
ポンポンポン、膝を叩く音がまるで魔法の様にわたしを誘う。
私は誘われるままに、藤田さんの膝の上に乗り、体を横たえた。
(あぁ・・・)
言葉に出来ない感覚が私を包む。
「琴音ちゃん、おせーな・・ま、もうじき来るだろ、ワリイけどそれまで相手してくれよな」
藤田さんの手が、私の全身を撫でていく。
あぁ、なんて気持ちが安らぐんだろう、大きな安心感にすっぽりとくるまれる様な感じ。
我が身に起こった出来事を嘆いていた、さっきまでが嘘のよう。
私の心は水面にたゆたう落ち葉の様だった、ゆらり、ゆらゆら、安らぎに吹かれて・・
(藤田・・・さん・・・)
私はあの頃の事を思い出していた、藤田さんに出会った頃の事を。
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あの頃の私は・・・と、言葉にするのも少しためらってしまう。
辛さ? 悲しさ? ううん、もうそんな事すら感じなくなっていた。
そう、すべては私が持っていた、忌まわしい <力> のせい。
回りの皆が私に向ける、好奇、畏怖、妬み・・・ありとあらゆる負の視線。
私は、それらの事に対して、立ち向かうなどと言う事はしなかった。
すべての感情を断ち、すべての人との関わりを断つ、それが私に出来る唯一の事だった。
現実との関わりを失い、無味乾燥な世界において、淡々と生きる日々、色の付いていない毎日。
この先ずっと、色を失った世界で一人生きてゆく、私はそう思っていた。
高校に入学して間もなく、私は美術部に入部した。
絵が特に好きと言う訳でもなかったが、絵を描いているほんの束の間だけは、無心になる事が出来たから。
でも、それも一時だけの事、すぐに自己嫌悪に陥ってしまう。
現実の世界での色を失った私が、キャンバスに向かい、鮮やかな色を塗り込めている。
(なんて皮肉な事なんだろう・・・・・)
そんなくだらない葛藤を繰り返していた時だった、あの人に出会ったのは。
藤田浩之、それがあの人の名前。
この時はまだ、この名前が、生涯忘れる事の出来ないものになるとは、夢にも思ってはいなかった。
最初は、回りの多くの人達と同じだと思っていたから。
どこかで私の<力>の事を聞き、好奇の目を向け、やがて恐れをなして去って行く、今度もまたそうだろうと。
だけど藤田さんは、そんな多くの人達とは、まったく違っていた。
他人に不幸をもたらす、私の<力>をなんとかする為に協力したいと言う、にわかには信じ難い話を持ち掛けてきたのだ。
それからというもの、藤田さんは、何度と無く私に話し掛ける様になった。
そして、避けようとする私を尻目に、協力の話を繰り返した。
けして話し上手ではないけれど、本当に一生懸命に、私を説得しようとする藤田さん。
(私なんかの為に、こんなにも真剣に考えてくれる人がいたなんて・・・・)
なんだか胸が熱くなった。
そして、何度めかの説得の後、私は遂に決心をする。
この人を信じてみよう、この人の為にがんばってみよう、と。
藤田さんの、私への接し方は、端からみれば、随分と子供じみて見えたかもしれない。
絵を描く事に例えるなら、恐ろしく不器用で、ひどく乱暴な筆運び。
でも、今まで見たことも無い、そして誰にも真似が出来ないであろう、息を呑む程に鮮やかな色使い。
それは、私というキャンバスを たちまちのうちに、華やかに染め上げていった。
失われていた私の現実の色が、徐々に戻りつつあった。
けれども、けして順風満帆だったと言う訳ではない。
挫折と絶望を味わうことは何度もあった。
時には捨て鉢になり、藤田さんにあたる事すらあった。
でも、藤田さんは、そんな我侭な私を見捨てる事など、決してなかった。
ある時は力強く励まし、ある時は厳しく叱り付け、私の支えであり続けてくれたのだ。
藤田さんの存在が、私の中で段々と大きくなっていた時、重大な転機が訪れた。
かつて無い程の力の暴走に陥った私を 命懸けで救ってくれたのが、他ならぬ藤田さんだった。
(藤田さんを傷つけたくない!)
そんな想いが通じたのか、無意識にとはいえ、力を制御する事が出来たのだ。
その後も、力が無くなることはなかったけれど、コツの様なものをつかんだ私は、ようやく確信していた。
永遠に続くと思われた、力の呪縛から解き放たれた事を。
ずっと願って止まなかった、普通の女の子としての生活を手にした事を。
そしてそれは、私にとっての藤田さんが、誰よりも大切な、かけがえのない人なんだと気付いた瞬間だった。
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「・・・どうしちまったんだ、琴音ちゃんは・・やけにおせーな」
突然聞こえた藤田さんの声に、私は はっ、となった。
いけない・・また、うとうとしてしまったんだわ、私・・・
ぶるぶるっ と頭を振り、上を見上げると、藤田さんと視線が合った。
「おっと、ワリィワリィ、起こしちまったか、いやな、待ち合わせのコがまだ来なくて、ついぼやいちまった」
ははっ と藤田さんは軽く笑う。
「ちょっと心配だな、もう少し待って来なけりゃ、電話してみるか・・」
私の頭を撫でながら、呟く藤田さん。
それを聞いていた私の心中は複雑だった。
(違うんです藤田さん・・・私は、私はここに・・・)
心でいくら思っても、たとえ言葉にしたとしても、今の私には伝える術がない。
束の間やすらいでいた気分が、また沈み込んで行く。
「そのコはな、すげえ猫好きなんだぜ・・って、さっきから俺、猫に向かって何言ってんだ? ・・まあいいか」
苦笑しつつ藤田さんは続けた。
「姫川琴音って言うんだけどなそのコ、一つ下の後輩で、ちょっと引込み思案だけど、可愛いコでなあ・・」
(ふ、藤田さん!?)
かあっ と、顔が熱くなっていくのが分かった。
「前にちょっとした事で知り合って、それからの付き合いなんだけどな、いやそんな大層なモンじゃねーか・・」
「・・・でなあ、俺としちゃあ、気になって気になって仕方ねえワケだ」
「・・・てなワケでな、最初はなんとかしてやりたいって、ただそれだけだったんだけどな」
「ずっと一緒にいるとだなあ、なんていうかなあ、うーん、うまく言えねーな・・・」
「・・・ま、とにかくだ、琴音ちゃんはすげえいいコなんだ、うん、それだけは自信を持って言えるぜ」
(・・・・・・・・・・・・)
藤田さんにしてみれば、話し掛けている猫が、まさか私だとは思っていないから言っているのだろうけど・・・
聞かされる私としては、嬉しいやら恥ずかしいやら、なんとも説明し難い気分だった。
私の事を とても嬉しそうに話す藤田さんを見ていると、なんだかちょっと、くすぐったい気持ちになる。
藤田さんの口から、私の名前が出るたびに、胸の鼓動が激しくなる。
(そうなる理由は、自分では良く分かってる、だって私は藤田さんの事が好きなのだから)
でも、藤田さんの気持ちはと言うと、正直、私には分からない。
私に接するのは、単に同情なのかもしれない。
それに、藤田さんの幼なじみの、神岸先輩との噂も、よく耳にする。
自分に都合のいい解釈をして、もしそれが違っていたらと考えると、恐くて、とても聞く気になれなかった。
そんなとりとめのない事を思っていたら、突然信じられない言葉を耳にした。
「ま、結局、好きになっちまったんだよな、琴音ちゃんの事が」
藤田さんは事もなげに、さらりと言う、が、聞いていた私は驚きを隠せない。
(え、えええぇぇぇぇーーー!!)
「そうなんだよ、ずっと一緒にいて、あれこれやってるうち、彼女の笑顔を見るのがなにより嬉しくなっちまって・・」
(藤田さん・・・)
「この笑顔をずっと見ていたい、 って思うようになったんだよなあ・・・そうさ、だから今日・・・」
一旦言葉を切り、何かを確認するかの様に頷き、ゆっくりと口を開いた。
「・・・そう、今日こそハッキリ言うつもりだ、琴音ちゃんが好きだ、俺と付き合ってくれってな」
藤田さんはそう言うと、ニッ と笑って私を見つめる。
私の大好きな、あの優しい眼差しだった。
(藤田さんも・・私の・・事が・・・)
天にも昇る気持ちって、こういうものだったんだ・・・そう実感せずにはいられなかった。
でも、幸せな時間は、永くは続かなかった。
「うーん、琴音ちゃんまだかな、まさか・・なんかあったんじゃ・・」
藤田さんが、心配そうに呟く。
(何かあったのは、確かなんですけど・・・)
心の中でそう呟いた時、藤田さんは膝の上の私をそっと降ろし、立ち上がった。
「電話、近くにあったっけな、いや、そんなに遠くねえし、直接行ってみるか・・んじゃ元気でな」
そう言って、私の頭をもう一度撫で、行ってしまおうとする。
「まって、藤田さん!私は、私はここです、藤田さーーーん!」 <にゃおおおーーーん!>
無駄な事だとは分かっていた、それでも叫ばずにはいられない。
「おっとと、なんだ、どした、お前? 」
いきなりの鳴き声に、思わず振り返った藤田さんが声をかける。
「藤田さん!藤田さん!」 <にゃおーん!にゃおーん!>
差し出された手に頭を擦り付け、私は叫び続けた。
「おいおい、一人ぼっちはイヤってかあ、まいったな・・」
やれやれと言った様子で苦笑する藤田さん。
「悪いんだけどな、俺もういかなきゃなんねーんだ、また会えっからさ、なっ」
少し困った顔で言う。
それでも私はしつこく食い下がった。
なきわめき、手を抱え込み、なんとか藤田さんを行かせまいと、必死になった。
「ったく、しょーがねーな」
そう言いながら藤田さんは、ズボンのポケットをまさぐる。
やがて、ちょっと厚めの単行本くらいの包みが現れた。
それは、私の好きなアクアブルーの紙に包まれており、紅いビロード地のリボンが掛けてあった。
「ちょっと待ってな、いいモンやっから」
そう言って、シュルッ とリボンを解き、私の首にあてがう。
「これをこうして・・・っと、よっし、出来た」
(あっ・・・・・)
私の首に結わえられた紅いリボンの両端が、風に揺れていた。
「ははは、よく似合ってるぜ、俺からのプレゼントだ、大事にしろよな」
藤田さんは愉快そうに、私の頭を撫で付ける。
「さあ、今度こそホントにさよならだ、お前も家に帰んな」
そう言うと、くるりと背を向け、スタスタと立ち去って行った。
(あぁ、藤田さん!)
慌てて後を追おうとする、が、どうしたと言うのだろう。
(か、体が、う、動かない?)
どんどん藤田さんの姿が遠ざかっていく、でも、でも、体が言う事を聞いてくれない!
(待って!待って下さい!藤田さーーーん!!)
しだいに風景がぼやけ、意識も遠のいていった。
(藤田・・さ・・ん・・・)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!
「藤田さんっっ!!」
ガバッ! 弾かれたように飛び起きた私は、大きな声で叫んでいた。
「おう、やっとお目覚めか、お姫様」
聞き慣れた声が、起き抜けの私の耳に入って来る。
「ふ、藤田さん? あ、私・・・」
傍らには、笑顔で私を見ている藤田さんがいる、あ、あれ? どうして?・・・なんだか釈然としない。
「よく寝てたもんで、起こすのも悪いと思ってな、でも、どしたんだ? 俺の名前なんか呼んで」
「あ、あの、そ、それは・・・」
突然の質問に、私は戸惑った。
「ははっ、俺の夢でも見てくれたのか、そいつは光栄だな、でも俺の出演料は高いぜえ」
おどけた口調で、愉快そうに話す藤田さん。
「あの・・藤田さん・・私の事・・分かります?」
我ながら変な事を言ってると思ったが、恐る恐る聞いてみた。
「はあ? 何言ってんだ、琴音ちゃん、意味がわかんねーぞ」
訝しげに藤田さんが言う。
それを聞いていた私は、ようやく飲み込めてきた気がした。
(さっきのは、全部・・夢・・だったんだわ・・)
冷静に考えれば考えるほど、可笑しくなった。
今、目に映ってる私の手だって、いつもの通りだ、猫の手なんかじゃない。
そうだわ、私が突然猫になってしまうなんて、常識では有り得ない事よ。
あ、でも、と言う事は、藤田さんの言っていた事も、すべて夢・・だったんだ。
「はあ・・・・」
思わず溜息が出てしまった。
ちょっぴり残念・・・・・
「でもよ、琴音ちゃん」
「あ、は、はい?」
急に真面目な口調になった藤田さんに、私はびくっ となる。
「あれだけグッスリ寝てたって事は、おおかた疲れでも溜まってたんだろ、言ったろ? ムリすんなって」
「す、すみません、私・・・」
藤田さんに諭され、私はしゅん となってしまった。
「ったく、しょーがねえなあ」
苦笑しつつ、別の話題を振って来る。
「そういやさ、さっき琴音ちゃんを待ってる時に、可愛い猫がいたんだぜ」
待っていた? あれ? たしか私の方が先だった筈・・・おかしいな、と思いつつ、
「へえ・・どんな猫だったんですか? 藤田さん」
猫好きの私は思わず身を乗り出した。
「ああ、すごくキレイな毛並みでな、人懐っこいヤツでさ、毛色がちょっと変わってんだ、そうだな・・」
一旦言葉を切り、私を見つめると、頭を指し、
「うん、ちょうどこんな色だったな、そういや、目の色まで似てたぜ、琴音ちゃんに」
そう言って嬉しそうに頷く。
そこまで聞いていた私は、不思議な感覚に捕らわれていた。
(これって・・なんだかさっきの夢の事みたい・・)
そんな私の心中は知る由もなく、藤田さんは先を続ける。
「でな、琴音ちゃんがあんまり遅いもんで、連絡とりに行こうとしたらさ、そいつが急に大声で鳴き出すんだ、なんか
引き止められてるみたいだったぜ」
身振り手振りを交え、藤田さんの話は続いた、が、私はますます考え込んでしまう。
(似てる・・・どころじゃないわ・・・まったく一緒・・まさか・・)
「なにやっても鳴き止んでくれないんでな、これの・・・」
そう言いながらポケットからなにやら取り出した、それは・・・
私は思わず息を呑む、藤田さんが手にしたそれは、アクアブルーの包みだったからだ。
「これにしてあったリボンをな、そいつの首に掛けてやったんだ、プレゼントだってな」
その時の様子を思い出してか、始終笑顔の藤田さんに対し、私は混迷の度合いを深めていく。
(そんな・・そんな・・じゃあ・・あれは、夢・・じゃ・・なかった・・の?)
混乱する私に、藤田さんの言葉がとどめを刺した。
「そうそう、ちょうどそれと同じリボンだったぜ」
私の首のあたりを藤田さんが指差す。
(首? リボン? 一体なんの事?)
だって、私は、リボンなんかした憶えはない・・・そう思いながら自分の首に手をあててみる。
「・・・・?!」
さらっ としたビロードの感触が、手を通して伝わってきた。
ドクンッ! 胸の鼓動がにわかに激しくなる。
私は震える手で、首の後ろの結び目をほどく。
シュル・・・・・リボンを手にして、私は愕然となった。
「あ・・・あぁっ!!!」
これは・・・ さっきの夢の中で、藤田さんが私に掛けてくれたリボン!!
私の脳裏に、ついさっきの出来事が甦ってくる。
猫になった私、昔の思い出、藤田さんの気持ち、私の気持ち、去って行く藤田さん、悲しむ私・・・・・
夢だとばかり思っていた、様々な事が、頭の中を駆け巡る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
リボンを手に、呆然となる私。
(夢じゃない・・・さっきの事は夢なんかじゃなかったんだ!! すべてが現実の事・・・・・)
瞬間、かあーっ と顔が熱くなった。
夢じゃないと言う事は・・・藤田さんの気持ちも、藤田さんが言ったことも、すべて本当って事・・・
ドキドキドキドキドキドキ、早鐘を打つ様に、胸の鼓動が高鳴る。
やっぱり私って変わってるんだと、つくづく思う。
だって普通だったら、猫に変わる事自体が、不思議でしょうがなく思う筈なのに。
でも、そんな事は、私にはどうでもよかった。
藤田さんの気持ちが分かる事の方が、私にとって遥かに大切だった。
私がこの世で一番大切に思う人。
私がこの世で一番好きな人。
その人も、私の事を想ってくれている、それだけで心は浮きたち、笑みがこぼれる。
ああ・・天にも昇る気持ちって、こういうものだったんだ・・・さっきも思った事だけど・・・
「おい、琴音ちゃん、どうしたんだ? 」
藤田さんの言葉に、私はまた はっ となる。
「さっきからなんか変だぞ、マジな顔してたかと思えば、赤くなったり、笑顔になったり・・・」
少し怪訝そうな藤田さんの口調、だが、
「い、いえ、なんでもないんです、ご、ごめんなさい・・・」
あいまいに言葉を濁すのが精一杯だった。
「いや、別に謝るこっちゃねえけど、なんかあったのかと思ってな」
「いいえ、何も・・そうだ、藤田さん、お願いがあるんです」
「ん、 なんだ? お願いって? 」
「あの・・これを・・」
そう言って、リボンを藤田さんに手渡す。
「これを・・どうすんだ? 」
分からないと言う顔の藤田さんの前で、私は後ろ髪をたくし上げ、背を向けた。
「掛けてほしいんです・・首に・・」
微かに声が震えているのが、自分でも良く分かった。
「まあ、いいけどよ、でもなんで、わざわざ解いたんだ?」
「結び方が気に入らなかったんです・・それに・・藤田さんに・・してほしかったから・・」
最後の方は消え入る様な声・・藤田さんには聞こえたかしら・・・
「ふーん・・ご期待に沿えるかどうか分からねえぞ、オシャレなやり方なんか、俺は知らねーからな」
そう言いつつ、私の首に掛けたリボンを結び付ける。
「これをこうして・・・っと、よし、出来たぜ」
藤田さんの手によって、再び私の首に巻かれたリボンの端が、ふわり と風に舞っていた。
「なんか、猫にしたのと変わらねえな、こんなのでよかったのか?」
「はい、ありがとうございます、藤田さん」
こう言って私は、満面の笑みを藤田さんに向けた。
おそらく今日まで生きてきた中で、一番の笑顔に違いなかっただろう。
「おいおい、んな大袈裟な・・おっと、えらく時間がたっちまったな、ぼちぼち行くか」
「はいっ! 藤田さん!」
「おっ、元気あんなあ、よーし、そうこなくちゃな」
「ふふふっ、今日はどこへ連れていってくれるんですか?」
「うーん、そうだなあ、よし、今日は・・・・」
他愛のない話をしながら、私たちは歩き出した。
時折吹く風に乗って、リボンが軽やかに踊っている。
それはまるで私の心の様だった。
うららかな昼下がりの、ちょっぴり不思議な出来事。
それはきっと神様がくれたプレゼント。
赤いリボンと、優しい気持ちにつつまれた、
私だけの素敵な宝物・・・・・・・・・
−−−おしまい−−−
あとがき
二作目となります、MAS@です。
今回は、ToHeatより、琴音ちゃんのSSであります。
PS版琴音エンドの、その後のイメージだったんですが・・・
うーん、だめだこりゃ、女の子の一人称は難しいわあ。
だらだら長いだけじゃん。
李俊様、皆様、またも駄作でした、すんませーん。
うう、二作目で、早くも底が見えて来たか・・・・・
いーや、やめられません、勝つまでは!(何にだ?
ご感想、ご意見ありますれば、是非よろしく。
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