毒電波妄想系小説 「マルチ、GGGへ」

written by RIN


第1章

「長瀬さぁーん!主任さぁん、お久しぶりですぅ!」
 少し舌足らずな少女の声に、駅前でたたずんでいた面長の男は顔をほころばせた。さっきまで、気慣れない背広姿に肩が凝っていたのだが、久しぶりに見る少女の笑みを見れば、そんな疲れも吹き飛ぶようだった。
「主任さんっ、主任さんっ!ごぶさたしており」
 駆けてきた勢いのまま、彼の胸に飛び込もうとした少女の姿が、突如視界から消え失せた。ハッと足元を見ると、果たして少女は何もない平坦な道で、ものの見事にすっころんでいた。
 そのあまりのこけっぷりに、周囲の通行人も思わず足を止める。
「あうぅ」
「はは、相変わらずだね、マルチ。・・・・でも、元気そうで何寄りだ」
「は、はいっ!元気にやってますっ。あれ、ご無沙汰していたせいでしょうか、なんだか主任さんもいつもと違うです」
 ああ、と長瀬源五郎は自分の姿を見下ろした。そう言えば、この少女と研究室でいるときは、よれよれのカッターシャツに白衣というのが常だった。そう言う少女も街でよく見かけるメイドロボット用の服ではない。
 長瀬はファッションには疎い方だが、淡い色のワンピース姿は、極端に小柄な少女によく似合っていた。
「・・・・大事にされているようだね、マルチ」
 起きあがって埃を払う少女に手を貸しながら、長瀬は少女の駆けてきた方を見た。
「浩之君。今日は済まないね」
「はぁ」
 浩之と呼ばれた若者は、ぶっきらぼうに答えた。彼も相変わらずだな、と長瀬はふと可笑しくなった。
 この一見、威嚇的な態度の若者が、彼の娘とも言える人造の少女を心から愛し、幾多の困難にも負けることなくその愛を成就させた情熱家だという事を、長瀬はよく知っている。
 その少女・・・・耳に金属製のセンサーをつけたロボット少女の肩を抱き寄せながら、若者はやや警戒の色を浮かべた視線を長瀬に向けた。
「あの、長瀬さん。詳しいこと、聞かせて下さい。こいつのこと、バレてんでしょ。来栖川グループに」
「ああ、バレている・・・・というよりも、最初から筒抜けだったらしい。まったく、技術者が畑違いのことをするものじゃないな」

 話はそう、二年前にさかのぼる。
 二本でも屈指の財閥である来栖川グループ。その一翼を担う来栖川エレクトロニクス・HM開発部主任というのが、長瀬の肩書きだった。彼の開発していたのは、最新型のメイドロボット。それも、彼のかねてよりの構想を実現化させた試作機が、少女・マルチだった。
 型式番号[HMX−12 MULTI ]。
 最新鋭の技術を投入した少女のコンセプトは、限りなく人間に近いロボット。そしてその最終運用試験として、マルチは人間の通う高校に十日間通うことになった。そして少女はそこで、彼、藤田浩之と出会う。
 人間に奉仕することを何よりの幸せと感じる人造少女は、長瀬ら開発スタッフの予想通り、クラスメートから体のいい使い走りとしてこき使われていた。しかしそんな中で、浩之一人だけはマルチを友人として、一人の女の子として扱ったのだった。
 人の優しさに触れた人造の少女の中には好意が芽生え、そしてそれは恋となり、愛へとはぐくまれた。浩之もまた、マルチの中に純粋な「心」を認め、深く愛するようになったのだ。たとえその恋が、十日間という期限付きのものだったとしても・・・・
「長瀬さん。オレ、あなたには本当に感謝してます。こうしてこいつと再会できたのはあなたのおかげです。でも、もしこいつを連れ帰る、とか言うんなら、オレは」
 思わず拳を握る若者を前に、長瀬は首を振った。
「まさか、な。あれだけ苦労して、マルチをキミのところに嫁がせたんだ。今さら彼女をどうこうするつもりはない」
「でも、現に来栖川には・・・・」
 浩之の態度に、長瀬は得心がいった。
 無事、手元にマルチを置いているとはいえ、彼は彼なりに不安な日々を過ごしていたのだろう。そう、元々浩之がマルチのユーザーとなることは、不可能なことだった。
 十日間の運用試験を終えた試作機は、研究所で永久保管されることになる。むろん、試作機の社外持ち出しは禁止されている。彼がマルチと再会することは不可能と思われた。
 だが長瀬は、あえてそれを強引に行った。マルチとの約束を守るため、量産型HM−12を購入した浩之の元に、こっそりマルチ本人を送り届けたのだ。
 それは長瀬や開発スタッフにとって大きな賭だった。そして彼らはその賭に勝った、と思っていた。
「いや、私もさすがに驚いたよ。あの無口な来栖川のお嬢さんから、マルチのことを指摘されたときにはね」
「無口なって・・・・芹香センパイが?」
 浩之は美しい黒髪の美少女のことを想起した。あのオカルト好きで無口なお嬢さまは、元気でやっているだろうか。
「お嬢さんは、全て知った上で、我々を見逃してくれていたらしい。キミと、そしてマルチの気持ちを汲んだ上で、何もなかったことにしてくれていたんだ。でなければ私はとっくに来栖川エレクトロニクスを退職させられ、マルチは回収されていたよ」
 長瀬は傍らの少女の髪をくしゃくしゃと撫でた。それが少女の大のお気に入りであるという事は、浩之だけが知っていることではなかった。
「そうだったんですか・・・・でも、それじゃ何で今さら?」
「おいおい、そのピリピリした顔はやめにしてくれよ。今回は是非マルチに協力してもらいたいんだ」
 ここで長瀬と浩之を所在なげに見比べていた少女のセンサーが、ぴくんと動いた。
「わ、私が主任さんのお役に立てるんですか?わっ、私のようなダメロボットでも、いいんでしょうか・・・・あっ、それにご主人様は」
 マルチはぱっと顔を輝かせたかと思うと、すぐに不安そうな顔になった。そしてすぐさま浩之の顔を伺う。実に何ともめまぐるしいキャラクターである。
「これはマルチでないと出来ない仕事だと思う。私のコンセプト・・・・『限りなく人間に近い』マルチの心が必要なんだ」
「はぁ・・・・わかりました。どこに行くんです?オレもついていきますから」
「うむ、もちろんだ。少し日を喰われることになるが・・・・大学は平気なのかね?」 大学なんて、とそっぽを向く若者に長瀬は肩をすくめた。
「やれやれ、学生の本分は勉学なんだが・・・・まあいいか。そろそろお出迎えが来る頃なんだがね」
 きょろきょろと周囲を見回す長瀬に、今度は浩之が不審の目を向ける番だった。周囲の人波を捜すのならともかく、長瀬は何故か空の方をしきりに見ていたのだ。
「ひっ、ひ、浩之さぁん!う、う、うえぇえ!」
 頓狂なマルチの声に、思わず浩之も空を見上げる。そして、言葉を失った。
「ひっ・・・・ひこーきですぅーっ!」
 ひこーき・・・・あどけない少女の口調には似つかわしくない巨大な黒い物体が、駅前に黒い影を落としていた。
 怪鳥のごとき鋭角の巨大三角形。その形状に浩之は見覚えがあった。
「ありゃ確か・・・・ステルス爆撃機だ。でもあんなでかいもの、今までどこにいたんだ?」
 彼には到底信じられないことだが、その巨大な機体は今の今まで高架下のわずかな暗がりに音もなく身を潜めていたのだった。
「長瀬さん!お待たせしました!」
 突如響いた男性の声が、巨大なステルスのエンジン音にかき消されることもなく、浩之たちの耳に届いた。耳を澄ませていたマルチは上空のステルス機を指さして言った。
「ご主人さまぁ、誰か乗ってらっしゃいますぅ」
 確かに、太陽を背にしたステルス機の上に人影が見えた。逆光でよく見えないが、長髪が風になびいているようだ。
「長瀬さん、ステルスガオーに乗って下さい。ベイタワー基地までお送りします」
 その言葉と共に、ステルス機から二本の長い棒状のものがのびてきた。その先端には二人分のシート。地上すれすれに停止したそれを見て、浩之は仰天した。いくら最新鋭の戦闘機とはいえ、こんな精密なホバリングをするなんて、素人の彼でももの凄い技術だという事が分かる。
「さぁ浩之くん」
 長瀬に促され、浩之はシートに着いた。深く腰を下ろしてから、おもむろに少女を抱き寄せ、膝の上に乗せる。
「しっかりつかまってるんだぞ」
「はぁい」
 ガクンと軽い揺れと共に、シートは上空へと戻り、長瀬たちはステルス機に収容された。巨大ステルス機のコクピットで彼らを待っていたのは、さっきステルス機の上に立っていたと思われる人物だった。
「ようこそ、GGGに!歓迎します」
 見るも鮮やかな紅毛をたなびかせた青年は、全身を金属製のプロテクターで覆っていた。一瞬、ロボットかと思った浩之は、そのさわやかな笑顔を見て考えをあらためた。
 どこまでも人間らしく造られたマルチならともかく、並のロボットにこの表情が出せるわけがなかった。
「キミが藤田浩之くんだね。で・・・・その子がマルチくんか。よろしく」
「よっ、よろしくですっ、マルチと申しますぅ」
 ぺこぺこと激しく頭を下げるマルチと対照的に、浩之は若干警戒心を高めていた。見た目がいくらさわやかでも、この青年といい、ステルス機といい、どうにも得体が知れない。
「おっと、自己紹介が遅れたな。オレは獅子王ガイ。GGG機動部隊の隊長、サイボーグ・ガイだ」
「サイボーグ・・・・ガイ」
 よろしく、と差し出された手を、浩之は反射的に握っていた。それはマシンの駆動によるものなのか、暖かみを備えた大きな手だった。











第二章

「こりゃあ・・・・全く驚きだな」
 巨大なステルス機「ステルスガオー」に乗り込んだ長瀬たちは、東京ベイエリアにある宇宙開発公団・・・・正確にはその海底深くにある地球防衛組織「GGG」本部に招かれた。
(ニュースでも聞いたことないってのは・・・・極秘組織だって事か。それにしても地球防衛組織とはね)
 深海エレベータに乗った長瀬たち、とりわけマルチはエレベータから見える海底の光景にすっかり心を奪われていた。
「うわぁああ、すごいです、きれいです、あっ、あっ、お魚さんですぅ」
「こらこら、あんまりはしゃぐんじゃないよ」
 浩之がグリグリと頭を撫でてたしなめると、少女は照れくさそうに微笑んだ。長瀬も、そしてサイボーグ・ガイもそんな浩之たちをほほえましそうに見ている。よく無愛想だの何だの言われる浩之にしては珍しく、彼はこの巨大すぎる基地や、特にこのサイボーグの青年に対してすっかり警戒を弱めていた。
「さぁ、着きました。ここがGGG総司令部『ビッグ・オーダールーム』です」
 ガイの導きの元、エレベータを下りた三人は、全く面食らう歓待を受けた。
「おぉーっ、ようやくお越しじゃな、長瀬くん!」
「ほへぇえっ!」
 突如、目の前に飛び込んできた「それ」に驚いて、マルチはぺたんと尻餅をついた。
「な、なんだぁ?」
 轟っと爆音が浩之の鼻面をかすめ、派手派手しい原色の「何か」が目の前ぎりぎりをすぎていった。さすがに尻餅はつかないものの、その正体に浩之は唖然とした。
(ジ、ジェットローラーで空中をぶっ飛ぶ・・・・じーさんだ)
「コホン・・・・父さん」
 紅毛のサイボーグにたしなめられた老人が、わっははと大笑する。
「ほぅ、例の来栖川の人間型ってか?で、どいつがそうなんだ?」
 次に現れたのは、何とモヒカン頭のマッチョマンだった。ご丁寧にモヒカンを真緑色に染め、サングラス越しにじろりと浩之たちをねめつける。
「あううっ、怖いですぅ」
「Oh,What?その子が Human Maid Robot Girl でースか?Oh,very cute ね!」
 怯えまくるマルチを抱きかかえるように飛びついてきたのは、豪奢な金髪と爆乳美女だった。そのどこかぎこちない日本語に、浩之はかつてのクラスメート・宮内レミィを思い出した。
「ちょっと参謀!それにスワンも、ホラ!お客さまに失礼ですよ」
「Oh,Sorryね」
 なんちゅう個性的な人たちなんだろうか・・・・浩之はやっとまともそうなメンツに出会ってホッとした。少し赤毛で小柄なその娘は、卯都木命 と名乗った。モヒカンのマッチョマンはなんと作戦参謀で火麻檄、金髪美女はスワン・ホワイトというオペレーターらしい。
 そして最初にマルチを仰天させた謎の空中滑走老人は、このGGG基地のスーパーバイザーであり、獅子王ガイの父親でもある獅子王烈王博士だった。
 そのほか、なんだかやたらとフケをとばしている不潔な男だの、大柄な青年だの、実に多彩なメンバーばかりの司令室である。さすがに地球防衛組織ともなるとひと味違う・・・・と言っていいものかどうか、浩之は考えあぐねた。
「あなたがマルチちゃんね。よろしくね、マルチちゃん」
「はい!マルチともうします、よろしくお願いしますぅ」
 この奇矯な人物たちが安全だと知り、ようやくマルチはいつものあったか笑顔で挨拶して回った。さすがのGGGメンバーも、マルチのどこまでも人間そのものの姿に感心しているようだった。火麻参謀に至っては、
「ありゃ、人間の娘っこに金属の飾りをつけてんじゃねーのか?」
 とまでいったほどだった。
 巷にあふれるメイドロボットは、動きこそ人間同様にスムーズだっが、その表情は仕草にはやはりどこか機械臭さが残っていた。たとえ耳のセンサーがなくても、人間との区別は容易に付けられる。
 だが、マルチは違う。「有能さよりも人間性を」という長瀬主任のコンセプト通り、そして浩之との生活を続けるうち、その人間味はますます増していた。そのくるくると変わる喜怒哀楽(怒・・・・はマルチに限ってはないかもしれないが)の表情は、下手な人間よりも豊かであると言えた。
 ただ・・・・それだけに浩之には不思議だった。
 メイドロボとしての有能さを犠牲にして得られたマルチの人間味に、GGGは一体何を期待しているというのだろうか。
「ボンジュール、諸君!」
 その時、突如ビッグオーダールームの天井が円形に開き、そこから一人の男が颯爽と登場した。ネクタイと長髪をたなびかせ、英国紳士然と気取ってたたずむその男は、GGG最高総司令・大河光太郎と名乗った。
(もう、何があっても驚かんよーな気がする・・・・)
 つくづくそう思った浩之であった。

「勇者・・・・ですか?」
 最新鋭の科学で固められたGGG基地のティールームで、浩之は思いもかけない言葉を聞かされ、思わず聞き直してしまった。
「ああ。獅子王博士・・・・いやGGGの方々は、私とはまた違った観点から、人工知能の研究をされていてね。実はその事で、マルチに協力を要請してこられたんだ」
「勇者・・・・ねえ」
 そんな言葉は実に日常的ではない。マンガやゲームだけの言葉だと思っていた。しかし、当の獅子王博士やサイボーグの表情は真剣だった。彼の傍らに座っている人造少女は、自分が話題の中心であるという事が今一つぴんとこないのか、きょとんとしている。まぁ無理もない。
「これは極秘事項なので、詳しくは話せんのだが、我々には強大な敵がいる。その敵との交戦を想定してGGGは造られたのじゃ。じゃが、ガイのサポートをするための戦闘メカに搭載される予定の人工知能の開発が遅れておってな。来栖川グループに協力を頼んだ所、その娘のことを聞きつけたのじゃ」
 話の概要は飲み込めたものの、浩之にはまだ「勇者」という言葉の違和感が引っかかっていた。それに、それとマルチの「心」とがどう関わってくるのだろう。
「まあ、父さん。彼もいきなり納得は出来ないでしょう。浩之くん、マルチくん。少しGGG内を見学しないか」
 サイボーグ・ガイの提案に、浩之は頷いた。マルチを促し、ティールームを後にする。長瀬は獅子王博士と話があるとかで、残ることになった。
「ほへぇー・・・・さっきのひこーきの他に、あんな大きな機械が・・・・すごいですねえ、ご主人様」
「あのな、マルチ・・・・昼間も言おうと思ってたんだが、いい加減、その『ご主人様』ってのは口にするな。オレはお前のユーザーだが、ご主人様じゃない」
「す、すみませぇん。でも、プログラムに組み込まれているので、つい言っちゃうんです」
 浩之は少女を自分と対等な存在と見ていた。世の中にはメイドロボをかしずかせて悦に入っている人間も多いようだが、そんな安っぽい人間にはなりたくない。
「それよりもガイ・・さん。オレ、確かにマルチをここに連れてきましたけど、あなたたちに協力するかどうかはまだ決めてません」
 硬い表情の浩之に、サイボーグは頷いた。
「その理由は、さっき博士が言っていたことです。我々には強大な敵がいる・・・・その敵とかいうもののために、マルチが危ない目に遭うとしたら」
 それが浩之の唯一最大とも言える関心事だった。防衛組織と名乗ってはいるが、GGGがどういう素性の組織か分からない以上、迂闊に信頼してマルチを危険にさらすわけには行かない。
「浩之さん、あの、私なら大丈夫です」
「お前は黙ってろ。いくら長瀬のオッサンの頼みでも、お前を戦いの道具になんて絶対にさせない」
 浩之は少女をかばうようにして、きっぱりと言った。それはユーザーとロボットの姿にはとても見えない図式だった。
「君たちは、変わっているな」
 可笑しそうにつぶやくガイの言葉に、浩之は少しむっとした。
「どーいう意味です?」
「すまん、気を悪くしたかな。悪気はないんだ、ただ父さんが君たちに会いたがっていた理由が少し分かったような気がしてね」
 父さん、と言う言葉に浩之は反応した。本人が口にしているように、ガイの体は鋼で覆われた機械体。彼がそんな体になるまでに、さぞ数奇な経緯があったことだろう。実の息子がサイボーグになってしまった気分というのは、どういうものだろう。
「オレは・・・・オレたちは地球防衛という大きな目的のために動いている。そのために開発中のAIロボを、どうしても完成させなければならないんだ。それも、『勇者』の名にふさわしいAIを」
「その勇者ってのが今一つわかんないんです。人工知能の研究なら、マルチよりももっと優秀な機体が・・・・いや、その、こらっ、泣くなマルチ」
「ううっ、泣きませんー」
 確かに、とサイボーグは頷いた。
「単に処理速度や思考ルーチンに優れたAIでは意味がないんだ。そうだな・・・・マルチくん」
「は、はいっ?」
 突然、声をかけられたロボ少女は、先生に指された生徒のごとくに直立した。
「キミはこれだけは誰にも負けない、というものがあるかい?」
「ええっ、そ、そーですねぇ・・・・私、本当にダメなロボットで、いっつもドジばかりで、ごしゅ・・・・浩之さんにもご迷惑をかけてばかりで。唯一、お掃除だけは得意なんですけど、きっと私よりも優秀なお掃除ロボットもいらっしゃいますよね」
 うーんうーんとマルチは唸っていたが、やがてパッと顔を輝かせたかと思うと、自信にあふれた表情でこう言った。
「あのっ、私、浩之さんのために何かしたいって言う気持ちなら、きっと誰にも負けません!」
 ばかやろ、恥ずかしいヤツめ・・・・照れくさそうに顔を背ける浩之とは裏腹に、鋼のサイボーグは我が意を得たりと大きく頷いた。
「そう、それが『勇者』の必須条件さ」
「?」
「人の命を守りたい、この地球を守りたい・・・・その決してくじけない不屈の意志だけが、勇者を勇者たらしめる・・・・それが大河長官の考えだ。父さんたちはその『意志』をキミから学びたいのさ」
 間違いなく、彼自身も備えているであろう「勇者」の誇りをちらりとのぞかせ、サイボーグ・獅子王ガイはにやりと微笑んだ。











第三章

「では始めるか」
 獅子王博士の言葉に、浩之は少し緊張した。
 ここGGGの開発研究室では、マルチの人工知能の思考パターンを読みとる初の作業が開始されようとしていた。大きな工作台に横たえられたマルチの頭部には、幾本ものコードが接続されている。眠っているようにしか見えないマルチの表情をちらりと見やり、浩之は獅子王博士に再度確認をした。
「あの、本当に大丈夫ですよね」
「大丈夫じゃよ。今日はとりあえずこっちの機器の調整なのだから。本格的な作業は彼女のAIとのコンタクトが密になってからじゃ」
 オペレータ・卯都木命に促され、浩之は研究室を後にした。本当なら付き添っていたいところだが、GGGが極秘組織である以上、彼の必要以上の施設への立ち入りは厳しく制限されていた。
「ごめんなさいね、藤田くん。マルチちゃんなら心配ないから」
「はい・・・・」
「本当にあの子のことが好きなのね、うらやましいな」
 あからさまな命の言葉に浩之は顔が赤くなるのを感じた。普段の生活でいちゃいちゃするのは浩之の柄ではないが、彼が少女の身も心も愛していることは事実だった。
「み、命さんこそ、が、ガイさんの恋人なんでしょう?」
 浩之の反撃は見事に決まった。命は耳まで真っ赤になってあたふたする。
「えっ?や、や、やーだ、わ、私とガイは、その・・・・」
「オレがどうしたって?」
 命が振り返ると、そこに当のサイボーグがたたずんでいた。命の慌てぶりは筆舌につくしがたかった。
「ちょっと浩之くんを借りるぜ。参謀が興味があるんだとさ」
「ちょっと、ガイ!彼の施設への立ち入りは・・・・」
「堅いこと言うなって。戦闘訓練室とシミュレーションルームに行くだけだよ」
 やれやれ、と命は肩をすくめた。ガイだけならまだしも、規則違反は火麻参謀の十八番だ。聞き入れるわけがない。当の浩之の意志は無視され、彼は戦闘訓練室とやらに連れていかれた。
「おおぅ、待ってたぜ、色男」
 例のモヒカンマッチョ男・・・・火麻作戦参謀は、空手の道着に着替えていた。戦闘訓練室は、かなり広い畳敷きの部屋だった。よく見ていないが、奥にはまた違った訓練室もあるようだ。驚いたことに、本気なのか見物なのか、金髪美女スワンまで道着に着替えている。
「聞いたぜ、お前高校時代、エクストリームに出場したことがあるんだって?いっちょ、お手合わせしてくれよ」
 どこでそんなことを聞きつけたのか・・・・いや、この組織に関しては驚くに値するほどのことではないだろう。
 確かに浩之は高校時代、後輩である格闘技少女・松原葵につきあって総合異種格闘技大会・・・・エクストリームを目指していた時期があった。今はすっかり実戦から遠ざかっているが、かつてはベスト16にまで残ったことがあるし、今も鍛錬だけは欠かさない。
「それにしても、エクストリームなんてマイナーな大会、よく知ってますね」
 道着に着替えた浩之に、火麻はさも当然という口振りで言った。
「馬鹿言うな、格闘技をしている人間なら、いいや、熱い魂を有している男なら、しらん訳がなかろう!いくぞおっ!」
「・・・・・・オレ、知らなかったけどなぁ」
 背後でぽつりとつぶやくガイの言葉は、火麻の耳には入らなかった。
「くっ・・・・!はっ、たぁ!」
「ぬおぉっ、やるじゃねーか小僧!うりゃはぁっ」
 がすがすがすっ!
 激しい攻防数手が交わされ、浩之と火麻はバッと飛びすさって距離を置いた。
(このオッサン、強ぇ・・・・あのセバスチャンを思い出すぜ)
 若き日をストリートファイトで慣らしたという、来栖川家の執事の顔を思い出しながら、浩之は火麻の隙をうかがった。だが、もちろん戦闘のプロである火麻にそんな隙はない。それよりもさっきガードした腕にまだしびれが残っている。
「おらおらどうした、そんなもんか?」
(一瞬でも隙があれば・・・・葵ちゃん仕込みの崩拳を食らわせてやるんだが)
「メイドロボだかなんだか知らねえが、GGGのメカに必要なのはパワー!敵を圧倒する強大な力なんだよ!あんなひ弱なお人形が、何の役に立つってんだ」
「て、てんめぇえ・・・・」
 挑発と分かってはいても、浩之は頭がカッと熱くなるのを感じた。あくまでも自分と対等な存在として、マルチを扱っている浩之にとって、マルチを人形呼ばわりされるのは禁忌だった。
「だまれ、このハゲ!」
「は、はっ、ハゲじゃねえーっ!」
 背後でぷっと吹き出すスワンの声に、挑発を仕掛けたはずの火麻の気が揺らいだ。その一瞬の隙をついて、浩之の体が一気に火麻の懐に飛び込む!
「でりゃあ!」
「応っ」
 ごつり、と鈍い音の後に跪いたのは、浩之の方だった。
(やべ・・・・綺麗にカウンターだ)
 浩之の拳を一重の差で交わし、火麻の掌底が見事に鳩尾を捕らえていた。距離は取らないが威力は抜群の発頸だ。浩之の呼吸が一瞬止まる。
「どうした、それで終わりか?色男さんよ」
 浅い呼吸を繰り返しながら、浩之は気力で立ち上がった。ガイが試合を止めようとしているのがちらりと目に入り、浩之はせめてその前に一太刀食らわせようと、火麻に突撃した。
「う・・・・おあぁあああーっ!」
「だっ、だ、だめですぅうう!」
 突進する浩之を迎え撃とうとした火麻の目の前に、緑の髪の少女が飛び込んできた。少女は大きく両手を広げ、火麻の拳から浩之をかばおうとしていた。
「ま、マルチ」
「ふぇええ・・・・なっ、なんで喧嘩なさってるんですかぁ・・・・おっ、お願いですから、やめてくださぁい・・・・ご主人様が怪我しちゃいますぅ・・・・」
 それだけ言うや、小柄なロボ少女は両の拳を目に当て、わんわん大声で泣き始めた。この心を有する人造少女が、涙まで流す存在だということを、ガイたちは初めて知った。
「うぇええええええええええん!ふぇええええええ」
「はーい、そこまでデース!」
「どうやら参謀の方が一本取られたみたいですね」
 サイボーグ・ガイの言葉にモヒカン男はチッと舌打ちした。

「くっ、訓練だったんですかー。わ、私ったらまたドジをしちゃったんですね、うう」
 畳にへたりこみ、ずずずっと鼻水をすする少女の姿に、浩之は苦笑した。
 彼自身はそんなマルチはもう見慣れているが、GGGの隊員たちにとって、泣きじゃくるロボットの存在はまことに驚くべきものだった。
「それよか、もういいのか?」
 浩之の言葉にロボット少女はこくりと頷いた。
「はい。博士と主任さんは、機械の調整があるとかで」
「痛くなかったか?体は平気なのか」
 眠ってただけですからー、というマルチの言葉に浩之は胸をなで下ろした。
「ちっ、ロボットの心配ばっかしやがって。いいか小僧、ロボットって言うのは、人間に奉仕するための機械なんだ!こいつのようにな」
 そう言って、胡座をかいた火麻は、傍らでお茶を入れている一メートルほどのロボットを指した。主に司令部でケータリングなどをこなしている雑務ロボット「ピギーちゃん」である。見るからに無骨なデザインのロボットだが、わざわざエプロンなどをしているところがお茶目である。
「はじめましてです、マルチですぅ。GGGにもメイドロボがいらっしゃったんですねー」
 ピギーちゃんはマルチにぺこりとお辞儀をし、少女の前にもカップを置こうとした。ピギーの判別能力では、マルチは完全に人間と映っているらしい。
「ピギーちゃんは父さんが造ったんだ。マルチくんほど人間らしくはないが、なかなか優秀なロボットだぞ」
「Oh、まったくでース。でも、わたーシは命の煎れてくれるCoffeeも、大好きでース」
「ふふ、ありがとう、スワン。浩之くん、もう平気?」
「あ、はい・・・・」
 火麻から食らった掌底は外傷を与えない。その分、内部に強い衝撃を残すが、なんとか浩之の呼吸は正常に戻っていた。
「ふん・・・・思ったよりもやるじゃねえか。ただの人形オタクじゃないってことだな」
 さすがに戦闘のプロである火麻にはひけをとったものの、外見よりも骨のある浩之の実力は、火麻も認めるしかないようだった。
「そっちこそ、マジつよいじゃねーか、緑ハゲ」
「はっ、ハゲってゆーなぁ!」
「そっちこそ、人形って言うな!はげはげはげはげはげはげ!」
「ぬふうぅうううう!」
 またぞろ一戦交えそうな二人を、マルチとガイが慌てて引き離す。
「まったく・・・・一応彼は民間人なんですから、参謀。それに彼と、マルチくんの協力がなければ、氷竜と炎竜のAIは完成しません」
「ちょっと、ガイ・・・・」
 うろたえる命を制し、ガイは続けた。
「いや、彼にもきちんと知ってもらった方がいい。知った上で協力を求めるのが筋だと思う。浩之くん、一緒に来てくれ。いいですね、参謀」
 モヒカン男は肩をすくめた。規則違反など、彼は何とも思ってはいない。浩之の実力、そして間近で見るマルチの人間らしさを知った今、ガイを止める理由は何もなかった。
「我々が何故戦っているのか、我々の戦いに何が必要なのか、是非キミにも知ってもらいたい。そして協力して欲しいんだ」
 浩之はすっと立ち上がり、マルチに手をさしのべた。
「行きますよ。・・・・こいつの『心』をコピーするんだ、おかしなものを造られちゃかなわない」
 恐れしらずの若者の言葉に、火麻は思わず虚を突かれて苦笑した。











エピローグ

「そうですか・・・・・・氷竜・炎竜の超AI開発の裏には、そのようなことが」
 感慨に耽るような合成声に、ガイは頷いた。
「彼らだけじゃないぞ、ボルフォッグ。お前を始め、GGGの機動メカの超AIは全て、そのメイドロボの人工知能を基礎として開発されたんだ」
「へへ、女の子のAIがベースだなんて、なんだか照れくさいぜ」
「そうだな、だが僕たちの今の人格は、誕生してから今までの経験が生み出したものだ。恥ずかしがる必要はないだろう」
 赤を基調とした巨大ロボが、照れたような笑みを浮かべる。炎や熱による攻撃を得意とする超AIロボ[炎竜]、そして青いロボはその兄弟メカ[氷竜]である。
「けっ!いっとくが、オレのAIは甚だ不本意ながら火麻参謀の人格をモデルにしてあるんだ。そんな娘っこじゃないぜ」
 ふてくされたような声は、あの火麻参謀に酷似している。オレンジ色の巨体で胡座をかいているのは、メガトンツールロボ・ゴルディマーグである。ふてくされ方まで参謀そっくりなその様子にガイは苦笑する。
「だから、全ての機動メカだって言っただろう?基礎になっているのはその子のものなんだぜ」
「けっ!」
「OH!言って見れば、ボクちゃんたちの心のMOTHERみたいなものね!WOUNDERFULねー!マイクもその子に一度会ってみたいよ!」
 何とも騒がしく手足をバタ着かせるのは、アメリカ生まれのサウンドロボ・マイク13。マイクの言葉にガイは思い出したように手を打った。
「そうだ、その事をいいに来たんだ。実は今日、そのマルチくんとマルチくんのユーザー・浩之くんが来ることになっているんだ」
「OH,REALLY?まさにGOOD TIMIMGね!」
 大げさなマイクほどではないが、氷竜に炎竜、それにボルフォッグも思わず顔をほころばせる。
 彼ら・・・・GGG機動部隊のロボットには、地球外メカであるギャレオンのもたらした、神秘のGストーンを備えたジェネレーター「GSライド」と共に、超AIシステムが装備されている。機体によって性能差はあるが、ある程度の表情を浮かべることもまた可能なのだった。
「私もぜひ、お会いしたいですね。興味があります。マモル隊員はどうですか?」
 紫色のロボット・ボルフォッグの言葉に、ガイの傍らにいた幼い少年が歓声を上げた。
「わっはーっ!ボク、メイドロボって、数納の家で見たことあるだけなんだ。そんなすごいロボットなら見てみたいよ」
 極秘組織であるGGGになぜマモルのような小学生がいるのか・・・・その説明は割愛するが、特別隊員の肩書きを持つこの小学生も、マルチに興味を示したようだった。「ううーん、あの子はすごいロボットって言っていいのかなぁ・・・・まあ、ある意味、すごいロボットには違いないけど」
 機動部隊隊長の言葉に、ロボ軍団とマモルは首を傾げた。しかし、その疑問は彼らが実際にマルチに出会ったとき、氷解することとなった。
「わぁあーっ、み、みなさんっ、初めまして!私、マルチと申しま」
 機動部隊が待機するメタルロッカールームを訪れたロボ少女は、その大きさと迫力に圧倒され、初対面の挨拶をしながら全力疾走したあげく・・・・ものの見事に大コケしてしまった。
「あうううっ!い、痛いですぅ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 炎竜やゴルディはともかく、日頃冷静な氷竜・ボルフォッグまで呆気にとられている。彼らのAIにとって、「何もないところですっ転んで泣きべそをかくロボット」というのは、到底想像外のものだった。
「バーカ、慌てて駆け出すからだ。ほれ」
「うううっ、すみません、浩之さん」
「ガイさん、お久しぶりです」
 差し出された浩之の手を、ガイは強く握りしめた。
「久しぶりだね。二人とも、元気そうでなによりだ」
 ガイはあえて浩之とマルチを「二人」と形容した。それは、彼らの結びつきがユーザーとロボットのそれではなく、愛し合う男女のそれであることを知っていたからだった。
「さぁ二人とも。オレの頼もしい仲間たちを紹介するぜ。みんな、マルチくんの協力のおかげで生まれた、勇者の資格を備えた猛者ばかりだ」
 マルチの心から生まれた機動ロボ軍団・・・・大切なものを守りたい、持てる力の全てを出して尽くしたい・・・・そんな勇者の魂を宿した彼ら「最強勇者ロボ軍団」が、謎の機械生命体「ゾンダー」から人類を、そして宇宙に生きる全ての生命体を破滅から救うことになるとは、浩之やマルチには知る由もなかった。










{おわり}

    あとがき

 いやあ、甚だ一般人には、否、ある特別な嗜好を持つ人間にしか楽しめない作品だなぁ!ま、書いていた自分が楽しかったから、いいか。
 とりあえずこれを書いた経緯を説明しますと、ネットでマルチをネタにした二次創作の多さに驚き、これじゃあオレ様も一つ書いてやろうかなと言う気にもなるってもので、で、そのころに「ガオガイガー」を見直していたもので、なんとかマルチとガガガを結びつけられないかってなコンセプトで・・・・
 本当は、ガイの代わりにマルチが出撃する予定だったんです。案としては
1 浩之がゾンダー化する。
2 マルチの裏人格がゾンダー化する。
 という話で、出撃不能のガイに変わって(何しろほら、最弱勇者だから)マルチ、もしくは遠隔操作のマルチボディがガオガイガーに乗りこんでって言う設定で。
 一回限りのハイパーツール「マルチプル・スクレイパー」とか考えていたんですがね・・・・(一定空間内の異物を排除する巨大モップ型のツール)


 ○ 感想送信フォーム ○ 
一言でもいいので、読んだ感想をお送りください。
返信を期待する方はメールアドレスを記載してください。
●あなたの名前/HN
(無記入可)
●あなたのメールアドレス
(無記入可)
●文章記入欄
感想の内容を書いてください。
(感想、疑問、要望、クレーム等)

SS目次へ