本当の私・・・
written by タカ
(チュン、チュン、チュン・・・)
「ん・・・。」
まだ眠い目をこすりながら、私は窓へ向かう。
厚手のカーテンを両側に開く。
(シャーッ)
冬の朝といえども、朝日のまぶしさは変わろうはずがない。
寝ぼけ眼の私には強すぎるぐらいの日差しが飛び込んでくる。
「ん・・・。ん〜。」
背伸びをしながら、机の上の卓上カレンダーに目をやる。
今日は・・・そう、12月24日。世間では「クリスマス・イブ」という、もはや一般化し
恒例化した行事になりつつある日。
世の中の人はこの日をどんな風に迎えるのだろう。やっぱりどこかウキウキして?それと
も、独りで寂しく?あるいは・・・?
私は・・・。世界でこんな風に迎えるのは私一人かも知れない。
裏切り?独善的?
・・・もう決めたことなんだから、今更迷っても後悔しても遅いのかも知れない。
こんな風に考えられる私って、やっぱりひどい奴なのかも・・・。
重い気分を振り払いたくて、お風呂場へと向かった。
裸になり、シャワーを全開にして浴びる。
ほどよい温度のお湯が、私を洗い流していく。
・・・でも、気分まで洗い流せるものではなかった。わかってはいたけど。
もし私が今日、このまま家にいても、誰も不思議がらないだろう。
お父さんも、お母さんも、何も言わずに、いつもと同じように接してくれるだろう。
そう、ずっと前からそうだったのだから・・・。
そして、彼は・・・藤井君は、由綺ちゃんのコンサートに行って、そしてその後は恋人とし
て楽しいイブを過ごす。それがいいはずだよね、本当は。
由綺ちゃん、あんなに一生懸命頑張っているのは、歌が好きだから、今の仕事が楽しいか
ら、それだけじゃないことぐらいわかっている。
・・・そう、彼女には藤井君という存在があるから、あんなにやれるんだ。
彼を信じて、想っているから。
そんな彼女を裏切られるの?彼女から、藤井君を奪ってもいいの?
私の我が儘のために、私の欲望のためだけに。
・・・何度自問自答しただろう?
藤井君から告白されて、今日この日に誘われてから・・・。
昨日だって、ベッドに入ってから何度同じ事を考えただろう?
・・・私が出せる結論は1つしかない。そう、1つしかないというのに・・・。
「いつまでお風呂入っているの?ご飯冷めちゃうでしょ?」
お母さんの声でふと我に返った。
私ったら、お湯出しっぱなしで、その流れる感触を感じたまま、ずっと物思いに耽ってい
たらしい。お風呂場の時計を見ると、1時間以上も経っていた。
「ごめんなさい、今出るから。」
私は扉越しに見えるお母さんの影に向かってそう言うと、慌てて体を拭き、お風呂場を出
た。
ぼんやりしながら食事を取る私。味なんてもはやわからないまま、ただ黙々と箸を進める。
さすがに不審に思われたのか、お母さんに声をかけられた。
「どうしたの?ぼんやりしているようだけど。」
「・・・・・・。」
「・・・聞こえてる?」
「・・・・・・え?な、何か言った?」
「さっきから呼んでいるのに、すっかり上の空ね。具合でも悪いの?」
「え?な、何でもないよ。」
「そう?何か変よ、今日は?」
「何でもないったら。ちょっと考え事していただけだから・・・。」
「・・・何か悩み事でもあるんじゃないの?私で良ければ相談に乗るわよ?」
「本当、何でもないから。心配しないで。」
「・・・ならいいけど。じゃ、母さん出かける準備するから、後かたづけ頼むわね。」
「うん・・・。」
お母さん、今日はお父さんと一緒にディナーショーへ行くことになっていた。
いつもなら私と3人で家で過ごすのが決まりみたいなものだったけど、今年は私が約束が
あるからと、私が「行っておいで」と言い出したからだ。
・・・心なしか、嬉しそうなお母さん。
そう言えば、お父さんとお母さん、結婚する前はどんなクリスマス・イブを過ごしたんだ
ろうなぁ・・・。
少なくとも、今の私のように過ごしたのではないことだけは確かだろうなぁ。
食器を洗い終わった私は、冷蔵庫から生卵と生クリームを取り出した。
ケーキを作っていこうと決めていたからだ。
・・・私、あれだけ迷っているのに、結局は行動に出てしまっている。
ホント、私ってひどい奴だよね・・・。
ケーキが焼き上がり、生クリームで飾り付けして・・・。
我ながら上出来のケーキが出来てしまった。
これなら、藤井君も食べてくれるよね、きっと・・・。
ケーキを箱に詰めて、外に出ると・・・そこは一面の雪景色だった。
「ホワイトクリスマス、か・・・。」
一人呟いて、私は歩き出した。
ほどなく、藤井君のアパートの前に着いた。
約束の時間にはまだ早かった。
彼なら、もう待っていてくれるのかも知れない。いや、きっと待っているだろう。
・・・なのに、私の足は先に進まない。
・・・やっぱり、由綺ちゃんを裏切るなんて、出来ないよ・・・。
あれだけ私を慕ってくれて、藤井君のことを想っている由綺ちゃんを・・・。
私が今引き返せば、それで全てが解決するのよね・・・?
だったら、私はここにいるべきじゃない・・・。
・・・気がつくと私は、アパートの前にはいなかった。
私がよく行く、植物園の中にいた。
もちろん、冬だから閉園しているのだが、人気がなくて落ち着けるので、暖かい日はここ
で読書したりしている。
・・・でも今はもちろん読書をしに来たのではない。
何となしに、気がついたらこの場所にいた訳だ。
・・・もう決めたことなのに、約束したことなのに、なぜ私はまだ迷っているの?
どうして躊躇うの?
・・・由綺ちゃんを裏切れないから?
・・・二人の幸せを邪魔したくないから?
・・・違う、そんなんじゃない。
私を、本当の私を、藤井君に、みんなに見せたくないだけなんだ・・・。
みんなは、私のことを優しい人だって思っているのかも知れない。
でも、本当の私は、ずるくて、卑怯で、弱虫で・・・。
由綺ちゃんのためでも、藤井君のためでもない。
・・・私自身が、藤井君を好きで好きでたまらないだけなんだ。
・・・藤井君を、独り占めしたいだけなんだ・・・。
また気がつくと、辺りは暗くなりかかっていた。
時計を見ると・・・約束の時間は過ぎてしまっている。
・・・藤井君、怒っているかな・・・。
とにかく、行ってみよう。
彼の部屋には電気がついていた。
部屋にはいるみたいね・・・。
階段を上り、彼の部屋の前に立つ。
・・・まだ迷うの?
・・・これ以上迷うのは、それこそ身勝手じゃないの?
・・・だったら、すべきことは1つ・・・。
私は、チャイムを押す。
「は〜い。」
中から、待ちかねたような彼の声。
・・・どうして、待っていたの?
・・・どうして、そんなに私に優しくしてくれるの?
(ガチャ)
「あ、美咲さん。遅かったから心配しちゃったよ。さ、あがって。」
「・・・うん。お邪魔します。」
彼の笑顔を見ながら、迷ってばかりの私がたった1つだけ心に決めたこと。
・・・それは、何としても由綺ちゃんのコンサートには彼を行かせるということ。
・・・そんなことをして何になるの?
・・・そんなことで、これから彼女を裏切る事への罪滅ぼしになるの?
・・・わからない。
でも、私にはやらなきゃいけないことなの。逃げ出す訳には・・・いかないよね。
−完−
ども。タカです。
Leaf「WHITE ALBUM」より美咲SSです。
「こみパ」ものばかり書いていたのですが、ちょっと目先を変えようと書いたのがこう
なりました。といっても、どこかで見たような出来になってしまいましたが(^^;;;
美咲もの全てを把握しているわけではないので、もしかしたら既にある作品と被ってし
まっているかも知れませんが・・・。
このゲームそのもの、そして美咲シナリオには賛否両論ありますが、個人的には結構気
に入っています。その想いが多少なりとも伝われば幸いです。
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