BREAKER YOU
written by 李俊
『音楽祭』の夜に、彰に連れ出された冬弥。
2人は、夜の公園にいた。
「美咲さんね…他に好きな人がいるんだって…」
彰の呟くような声。
何とか冬弥の耳で聞き取れる程度の小さな声だ。
「へえ…そうなんだ。そう言ったの、美咲さん…?」
「うん…。そう言ってた。『愛してる人が、います…』って…」
「ふうん…」
風の音が、ごうごうと冬弥の耳に響いていた。
冷たさで、耳がちぎれそうだった。彰に、何かを言わなければいけなかった。
しかし、冬弥の口からは、言葉は出てこない。
何か思い出したように、彰が立ち上がる。
「…何か、あったかいの買ってくるね」
「うん…」
冬弥の生返事を聞き、彰は近くの自販機へ小走りに向かった。
少しの間が開いた。
そのあいだも、冬弥は身動きせず、じっとしていた。
「はい、冬弥。ちょっと熱いかもね」
そんな冬弥に、彰は買ってきたコーヒーを手渡す。
「ありがと…」
冬弥が缶コーヒーを受け取ると、彰は再びその隣に腰を降ろした。
「…で?」
「?」
優しく、そしてどこか哀しく微笑みながら、彰が冬弥の顔を覗き込む。
「冬弥は、本気なんだ?」
「本気…?」
「どうなの?」
「どうなの、って何が…?」
「美咲さんのこと」
「え…?」
たった一言だったのに、ひどく長い時間が流れたみたいな気がした。
いや、冬弥もその言葉を予測してたはずだった。
彰が、冬弥に、美咲さんのことを訊くなんてことは。
「どうなの…?」
彰の問いに、冬弥は迷う。
本当のことを告げるべきか。それとも、嘘をつき通すのか。
少しの間をおいて、冬弥は後者を選んだ。
「…なに言ってるんだよ、彰。…なに言ってるか、俺には判らないけど…」
冬弥は少し笑って答える。
「美咲さんに、俺が、何を本気になるっていうんだよ…?」
彰に信じ込ませるように、しかし本心を悟られぬように、冬弥はしらばっくれた。
「そっか、あはは…。僕の勘違いだったみたいだ…」
困ったみたいに彰は笑った。
「…気持ちは判るけど、あんまり意味不明なこと言わないで…」
冬弥がそう言いかけた瞬間。
彰の鋭い拳が冬弥の顔面を直撃した。
「………!?」
冬弥はベンチから転がり落ちる。
驚きに満ちた顔。まさか彰が、暴力をふるうとは。…そんな感じだ。
「…僕は本気だよ…!」
そんな冬弥を見下ろすみたいに、彰が近づいてくる。
「…冬弥が本気じゃなくたって、僕は本気だ…!」
怒りを帯びた口調。
今まで冬弥が見たことがない、彰の怒り。
「ま、待てよ彰…。なに言ってるんだ…?」
それでも、冬弥は何とか言い逃れようと、笑おうとする。
しかし、再び彰の拳が顔面をとらえ、冬弥は冬の冷たい地面に叩きつけられた。
「ぐうぅっ…!」
彼の口から粘っこいものが飛び出す。
血だ。
「…どうして…? 冬弥、僕が美咲さんのことどう思ってるか、冬弥は知ってたのに…。それなのにどうして美咲さんをそんな風に…」
怒り。悲しみ。彼の言葉には、それがにじみ出ていた。
「待て…」
冬弥はそう言ったつもりだったが、言葉にはならなかった。
その瞬間、彰の革靴が振り子みたいに飛んできて、冬弥の腹を深くえぐる。
ドスッ…!
「…………ぅ…」
声が出ない。
壊れた笛を吹いてるみたいな音が彼の喉の奥から洩れてくるだけだ。
「…遊びだったら、他の人でもよかっただろ…」
ドスッ…!
「…それに、由綺だっているのに…」
ドスッ…!
「…どうして美咲さんなんだよ…?」
涙に潤む彰の目はもはや、冬弥を見ていなかった。
何も見ていなかった。
ただぼんやりと、ここにはない誰かを見つめ続けていた。
ドスッ…!
立ち上がろうとする冬弥の胸元に、彼の靴の爪先が鋭く突き刺さる。
冬弥の上半身は弓なりに飛び上がり、後頭部から再び地面に貼りつけられる。
その口の中は、血と、喉の奥から流れてくる何か嫌な味がするものでいっぱいだった。
もはや、呼吸すらも苦しくなっている。
「…僕を殴ってでも、力ずくでも奪ってかなきゃいけないんだよ、美咲さんは! どうして、どうしてそんな簡単に言えちゃうんだよ!? 本気じゃないなんてっ!」
彰のその言葉とともに、もう一度蹴りが放たれる…。
「ストォォォォォォォォォォォォップ!!」
大音量の声が響く。
その声で、彰が動きを止めた。
「誰!?」
その場には2人しかいないと思っていた彰は、突然の乱入者に驚いていた。
(た、助かった…?)
一方の冬弥は、まさに九死に一生を得た思いだった。
ガサガサ…と近くの茂みから、人影が現れる。
「ふふふ…」
人影は、街灯の下に立ち、その姿を夜闇に浮かび上がらせた。
それは、女性だ。身長はそれほど高くないが、眼鏡の奥に勝気な瞳が輝いている。
そしてその右手には、どこから持ってきたのかハリセンが握られていた。
「…止めに入ったんなら、放っておいてくれないか。これは、僕と冬弥との問題なんだ」
彰が、彼女にそう言い放つ。
早く立ち去ってくれ、と言わんばかりだ。
その女性は、登場時の重々しい雰囲気とはうって変わって、笑顔で答える。
「ノンノン。ウチは猪名川由宇。あんたの邪魔をするつもりはあらへんよ」
流暢な関西弁で明るく答える由宇に、彰は毒気を抜かれたようだ。
ポカンと口を開け、その右手の拳を下げた。
「じゃ…何をしに…」
「あ、その前にやな、ウチの真の姿を教えたる」
「真の姿?」
彰の言葉に由宇は頷き、コホンとひとつ咳払い。
そして、右手のハリセンを高く掲げた。
「天呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ!」
いきなり歌舞伎のような口調で叫び出す由宇。
「世に産まれる物があれば滅ぶ物あり! そしてその滅ぶ物を打ち壊す者!」
ガバァァァッ!
いきなりポージングを取る由宇。そして、次の句を続けた。
「それがウチ、『ブレイカー・ユウ』やぁぁぁ!」
ババーン!
あっけに取られる彰。
冬弥も、薄れる意識の中、魅入られたように彼女を見ていた。
しばらく、誰も動かない。
「あー、コホン」
沈黙に耐えられなくなったのか、最初に動いたのは由宇だった。
その顔は少し赤くなっている。やはり、多少は恥かしいようだった。
「つまりや、ウチは何でも壊す『壊し屋』なんや。副業でこういうことをやっとる」
壊し屋。それは、壊して欲しい物を代わりに壊す、解体業者のようなものである。
ちなみに彼女の本業は同人作家であるのだが、まあこれは今回関係ない。
「その…壊し屋さんが、何の用?」
彰の言葉に、ニヤッと笑う由宇。
「さっきから見てりゃ、あんさん、この男を再起不能にしようって感じやないの」
「えっ…そりゃ、その…」
口篭もる彰に、一人ウンウンと頷き由宇が続ける。
「えーって、わかるわかる。女のことで揉めてるんやろ?」
「ま、まあ、そんなとこだけど…」
「そこでや!」
いきなり大声を上げる由宇。
「このボンクラ男を、ウチが代わりに壊してやるっちゅーわけや! どうや!?」
由宇はびしっ、と冬弥を指差した。
(ボンクラって何だぁぁぁ!)
冬弥はそう叫びたかったが、声を上げられる余裕は彼には残っていなかった。
「ちなみに、小破、中破、大破、壊滅の四段階あって、それぞれ料金もちゃうんや」
「…料金って、高いんじゃないの?」
「いやいや、この場合は人間のランクを料金に掛けるから、ピッポッパッ…と」
どこから取り出したのか、由宇は計算機を押して、何やら計算を始めた。
「…そうやなぁ、最低人間ランクやから、壊滅状態まで壊してもこんな額や」
「えっ…こんなに?」
電卓を覗きこみ、驚きの声を上げる彰。
「なんや、まだ高いか? そんなら…」
割引料金を計算しようとする由宇を、彰の手が止めた。
「い、いや、その…こんなに安くていいの? …って言いたかったんだ」
彰の言葉に、由宇はパッと笑顔になる。
「おーおー、そゆことか。ま、こんなクズ人間タダでもいいくらいやけど、ウチも仕事やからな」
「そんな値段なのか…」
彰はそう呟くと、チラッと冬弥の方を向いた。
「あ…う…たす…」
冬弥は、その彰の顔を見て、泣きそうな表情を見せた。
(彰、頼むから、もう、助けてくれ)
…彼の口がちゃんと動いていたら、そう声が出ていただろう。
しかし、彼の口からはヒューヒューと空気が抜けただけだった。
彰はそんな冬弥を、奈落の底に叩き落す言葉をその口から放つ。
「そうだね…じゃ、頼むよ」
(彰!)
冬弥の顔が、絶望に打ちひしがれた。
「まいど〜。後でこの口座に料金振り込んどいてや」
営業スマイルで由宇が紙切れを彰に手渡した。銀行の口座番号のようである。
「じゃ、僕はこれで…見てなくてもいいよね?」
紙を懐に仕舞うと、彰はその場を去ろうとする。
「おうおう、後はきっちりやっとくから任しとき♪」
由宇がそれに、笑顔で答えた。
どこから取り出したのか、彼女はリュックサックらしいものをゴソゴソをまさぐっている。
(あ、彰…)
彰が、冬弥に近付いてくる。
彰がその怒りを言葉にするのを、冬弥は絶望の淵で待った。
…しかし、それはいつまで経ってもこなかった。
どうしたのか、と冬弥がゆっくりと見上げると、彰は悲しそうな瞳をして冬弥を見ていた。
彰の口が、ゆっくりと開く。
「冬弥…もう、会うこともないけど…」
(え…?)
その彰の言葉に、冬弥は驚いた。
彰の声には、もう怒りは感じられなかった。ただ、その言葉には哀れみ、悲しみしか感じない。
「乱暴なことして、ごめん…。もうしないから…。多分、一生…」
(彰…。…小学校の頃から、ずっとずっと一緒だった、彰…。彰が他人になってしまう…?)
冬弥は、とっさにどう考えていいのか判らなかった。
いろんなことが冬弥の頭を駆け巡る。
…しかしそれよりも、冬弥は彰の背後に控える恐ろしい関西弁女の方が気になっていた。
よく見ると彼女は、ニヤニヤと笑いながらその手にバットを持っていたのである。
「じゃ…冬弥、さよなら」
去ろうとする彰に手を伸ばす冬弥。
しかし、その手はただ空を切った。
とにかく、話をしたかった。
…でも、声が出てこなかった。
体が動かなかった。
彰が、涙を我慢して去ろうとするのを、冬弥は、冷たい地面に縫いつけられ、血を吐きながら見送るしかできなかったのである。
…親友が自分から去っていくのを、冬弥は、呼び止めることさえできない。
やがて、彰の姿が道路の向こうに消える。
殴られている間、一滴もこぼれなかった涙が、今頃になって流れてきた。
涙は固まりかけた血と一緒に傷口にしみて、ひどくひどく痛かった。
…というか、彼はただ、目の前の関西弁女から助けて欲しかった。
「さぁて、依頼人も帰ったことやし、ちゃっちゃっと片付けるでぇ〜」
彰を見送った由宇が、くる〜りと振り向く。
その表情は、まさに悪魔の笑みであった。
(た、た、た、助けてくれ!)
声には出せないが、口をパクパクさせて、必死に助けを求める。
しかし由宇は、そんな冬弥を見下したままだった。
「ん〜。お前さんが悪いんやでぇ〜。あんたが人非人な態度取るから、ウチの出番が来てもうたんや」
そして、その手のバットを高々と上げる。
もはや、冬弥の運命は風前の灯火であった。
(彰、俺は、俺はっ、まだお前に殴られる方がいい〜!)
冬弥の声にならない声。
そして、由宇の手に握られたバットが、打ちおろされた…。
哀れ冬弥。
彼のその不幸は、その優柔不断、いい加減さから出た、まさに身から出た錆であった。
例え『ブレイカー・ユウ』が容赦なき悪魔のような者であったとしても、である。
「ひょ〜ひょひょひょ! あ〜壊すのは楽しいわぁ〜〜〜〜〜〜〜」
(助けてあきらぁぁぁぁぁ!)
教訓1:フタマタはやめとけ。
教訓2:親友に嘘つくな。
教訓3:関西女に気をつけろ。
ちゃんちゃん。
あとがき
これを思いついたのは、こみパ原稿の真っ最中です。
いわゆる修羅場モードのナチュラルハイな脳味噌から産まれました。
話のネタにならないかと、WAのストーリーを考えていた時。美咲さんシナリオで彰にボコボコにされるエンディングが思い浮かびました。
(彰じゃない他の人だったら、冬弥が死ぬまで殴ってんのかな〜)
ふとそんな事を考えた時、キュピーン!と閃いたのです。
(他の人…そう、代わりに容赦なく殴ってくれる人がいたら…これはネタになる!)
もちろん、この場合のネタとはこみパ原稿のネタではなく、SSのネタです。
んで、壊し屋(ブレイカー)という名前が合う、由宇が主人公に選ばれました。
『コレクター・ユイ』となんか似てると思いません? 思わない?
まあコレユイは本編見たことないんで、名前以外には全然共通部分ないんですがね〜。
序盤はシリアスに見せかけ、実はギャグ(ただしブラック風味)という感じになりましたがいかがでしたでしょ?
まあ、WAのテキストを流用して書いたらこうなっただけなんですがね。(≧∇≦)
あ、彰ボコボコエンディングを見たことない人は是非見ましょう!
冬弥のダメダメ人間の代表っぷりがいい感じです。見ない人はかなり損してますよ〜。
ではでは。
ブレイカー・ユウ、次回をお楽しみに〜。(って次回があるんかいっ!)
○ 感想送信フォーム ○
一言でもいいので、読んだ感想をお送りください。
返信を期待する方はメールアドレスを記載してください。
●あなたの名前/HN
(無記入可)
●あなたのメールアドレス
(無記入可)
●文章記入欄
感想の内容を書いてください。
(感想、疑問、要望、クレーム等)
SS目次へ