変だよ葵ちゃん −野球拳編−

written by 李俊

朝、1年のあるクラス。

「ああ〜。寝不足だぜ〜」
「…どうせ、またゲームでもやってたんだろ?」
「ああ、昨日兄貴の買ってきた野球拳のゲーム、ずっとやってたんだよ」
「お前…女子のいるところで、そーいう話題はヤバイんじゃないのか?」
「大丈夫だって。…それでさ、それがまた萌えるんだよ〜。気付けば夜が白み始めてたぜ」
「ったく、お前も好きだな〜」

以上、松原葵の前の席でタムロしている男子たちの会話である。
ちなみに彼らの話している『野球拳』とは、ジャンケンをして服を脱がすアレのことである。

…その会話を聞いて、葵はショックを受けていた。

(野球拳…!? なんてこと!? まだ私の知らない格闘技があったのね!)

格闘家として、また格闘技オタクとして数々の格闘技を見て、実践して、学んできた自分でも、まだ知らない格闘技が存在する…。
葵は、その野球拳にとても興味を持った。
(ゲームになるってことは、それほど複雑なルールじゃないってことよね…。そして知らず知らずのうちに燃えてしまう格闘技、野球拳。…これは、是非とも体験してみたい!)

未知の格闘技、野球拳。
どうしても、その『野球拳』をやってみたい。
そういう気持ちに駆られていた。

(でも…『女子のいるところで、そういうのはヤバイ』って言ってたわよね…)
先程の男子の言葉を思い返し、葵は考え込んだ。
(もしや、女子はやってはいけない格闘技なのかしら…。例えば、相撲のような…)
葵の想像は、どんどん本来の野球拳の姿から離れていく。
しかしそんなことは彼女は知るはずもない。
(今の男子たちに聞くのは、マズイかしら…。やっぱり、藤田先輩に相談するしかないかな…)

藤田浩之。
彼は、コーチのようにいつも練習に付き合ってくれる、頼もしい先輩だ。
彼ならば、野球拳を教えてくれる。
なんの根拠もなかったが、葵はそう確信していた。それだけ、彼女の浩之に対する信頼は厚いのだ。
(よし! 放課後の練習の時に、先輩にお願いしてみよう!)
葵はぐっと拳を握り、未知の『野球拳』に対する思いを強く持ったのであった。

☆☆☆

そして放課後が来た。
葵は、いつもの神社へ向かう。

「えっ…!? 野球拳をしたいっ!?」
サンドバッグを神社から引きずってきた浩之は、葵の言葉に思わず抱えていたサンドバッグを倒してしまう。
「はいっ、私、野球拳ってやったことなくて、それで、藤田先輩に教えてもらいたくて…」
葵の真剣な眼差し。
浩之は、彼女の急な告白に戸惑っていた。
(や、野球拳やりたいなんて…なんて大胆な…)
あまりのことに興奮してしまい、彼は冷静な判断がつかなくなっている。
「そ、そんなこと急に言われても…。そ、そりゃ、やってみたいけど…」
顔を赤くしている浩之に、なおも葵が頼み込む。
「お願いします! 私、どうしても藤田先輩と野球拳をやってみたいんですっ!」
浩之の顔を見つめる葵。
その顔を見て浩之は、ゴクリとツバを飲み込む。
(こ…こんな可愛い娘と野球拳をやれるなんて、今日は何てラッキーday!?)
「よおし! そこまで言うならしょうがねぇ、やってやるぜ!」
しょうがねえと言いつつ、妙に張り切った返事。
その浩之の快諾を得て、葵の表情が明るくなった。未知の格闘技を体験できることで、興奮状態になっている。
(嬉しい! これで野球拳を体験できるのね!?)
一方、浩之も違う意味で興奮状態だ。
(…こ、これはもう愛の告白と同じだよな。俺と野球拳したい=俺に裸を見せてもいいってことだもんな、う、うおお、萌える、萌えるぜぇぇぇぇ!)

かくして、2人の野球拳勝負の幕が切って落とされた。

「ルールは簡単、じゃんけんをして、負けた方が服を脱ぐ。そして、脱ぐ服が無くなったらゲームオーバーだ」
「は、はいっ」
浩之の説明に、戸惑いながらも頷く葵。
(…ふ、服を脱がなきゃいけないなんて…。で、でも、未知の野球拳を体験できるのよ、我慢しなくちゃ!)
「それじゃ、いくぜっ!」
「はいっ、お願いします!」
「や〜きゅ〜う〜す〜るなら〜 こ〜いう具合にしやしゃんせぇ〜」
「アウト!」
「セーフ!」
「よよいのよい!」

…勝負は一方的であった。
欲望の権化と化した浩之の前に、葵はなすすべもなく負けていく。
靴、靴下、ブルマ、上着、スカートと5連続で脱がされてしまう。
気付けば、残るはブラジャーとパンツのみであった。

「お、おおう、葵ちゃんってストライプが好きなんだねっ? ブラもパンツもお揃いかっ!?」
「そ、そそ、そんな恥ずかしいこと言わないでください〜」
もはやただのスケベオヤジと化した浩之は、セクハラ発言を葵に浴びせてその反応を楽しんでいた。
一方、葵の羞恥心は最高潮に達しようとしていた。
(も、もうダメ、恥ずかしくて死にそうっ!!)
浩之の恥ずかしい言葉にも攻められ、葵は顔を真っ赤にして、その場にへたり込んでしまう。
「どうした葵ちゃん、続きをやるぞっ!?」
「そ、そんなっ…私、恥ずかしいんですっ」
(確かに私、藤田先輩が好きだけどっ、こ、こんなの、恥ずかしすぎるよぉっ!)
葵はもう泣きそうだった。
「葵ちゃん…恥ずかしいのは判る。けど、俺に全てを見せて欲しいんだっ!」
「そ、そんな…私はただ、野球拳の技を体験してみたくて…」
そこまで言って、葵はハタ、と思った。
(ちょ、ちょっと待って…。この野球拳って、全然格闘技らしくないじゃない…。どこが格闘技なのかしら!?)
その疑問を、葵は直接浩之に聞いてみることにした。
「あ、あの、先輩! 野球拳って、どこらへんが格闘技なんでしょう!?」
「は? 何言ってるの? 野球拳はただの遊びだぜ? 格闘技なんかじゃないよ」
(な、何ですってぇぇぇぇぇぇ!!)
浩之の言葉にショックを受ける葵。
「ま、遊びとは言っても大人の遊びだよなぁ。はっはっは」
浩之のその笑い声は葵には届かない。
(野球拳は…格闘技じゃ…ない? そ、それじゃ、ここまで恥ずかしい思いをしてきた私の努力って一体…)
「さて、葵ちゃん。そういうことで、続きをしようか」
ポン、と浩之に肩を叩かれ、葵は我に返った。
「つ、続き…」
葵は、浩之の顔を見る。ヘラヘラとイヤラシイ笑いをしていた。
そして彼女は、自分のあられもない姿をじっと見たかと思うと、その次の瞬間…。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ズダァァァァァァァァァン!!
葵は恥ずかしさのあまり、フルパワーで浩之に崩拳を放っていた。
「ぐぼうおうっっっっっっっっっっっ!?」
ふっ飛ぶ浩之。彼はそのまま、神社の壁に激突し、その壁をも突き破った。
「はあっ、はあっ、はあっ…」
思い切り技を放ったので、息が上がる葵。
そして次の瞬間、ハッと我に返った。
「ふ、藤田先輩!! 大丈夫ですかぁぁぁぁっ!!」

☆☆☆

「そうだったのか…。格闘技と勘違いして…」
学校の保健室で、浩之は葵に怪我の治療をしてもらっていた。
崩拳で直接怪我はしなかったのだが、壁に激突した時に頭にコブを負い、それから割れた板で腕を切ってしまったのだ。
「そ、そうなんです…。私ったら、『拳』って付いてたら何でも格闘技だと思っちゃうみたいで…」
泣きそうな顔になりながら、懸命に腕の傷の治療を行う葵。
痛みを我慢しながら浩之は、そんな葵に微笑みかける。
「いや、俺の方こそ、変なスケベ心出しちまって…。ホントなら最初に気付くべきだったのにな」
(結局、愛の告白でも何でもなかったんだなぁ…ちぇ、残念)
内心は、かなり泣きが入っていた。告白されたと思い込んでいただけに、ショックは大きかったのである。
(怪我はするわ、告白は勘違いだわで…今日はアンラッキーdayだぜ…)
落胆する浩之。
「本当にすいませんっ!!」
「い、いや、そんなに力一杯謝らなくてもいいってば」
…結局、治療中はずっと葵は謝り通しで、浩之はそれをずっとなだめ続けていた。

怪我の治療も終え、2人は校門を出て、薄暗くなった道を歩いていく。
「今日は、ホントにすいませんでした。怪我までさせちゃって」
また謝る葵。もう何度目であろうか。
それに手を振り、浩之は微笑んだ。
何か言って、もう謝るのを辞めさせよう。…そう思い立つ。
「いや、損ばかりじゃないさ…。俺としては、葵ちゃんの綺麗な体を見れて嬉しかったし…」
浩之はつい、ポロッと本音を口にしてしまった。
「うっ…」
浩之の言葉で自分の痴態を思い出し、葵は顔を赤くしてうつむいてしまった。
その様子を見て、浩之は慌て出す。
「あっ、ご、ごめん、その、単にスケベな気持ちじゃなくてだな、好きな娘の裸が見られるってのは嬉しいな、とか、その、ああ、何言ってんだ俺はっ!!」
その言葉を聞いて、葵は驚いた。
「えっ…」
(好きな娘…って…)
「だ、だから、俺、葵ちゃんに告白されたもんだとばかり思って、いやその、それは勘違いだったから別にいいんだけど、そのっ」
バタバタと慌てふためく浩之。
そんな浩之を見て、葵は確信した。
(藤田先輩…私のことを…好きになってくれてる)
葵は嬉しくなった。
そして、その気持ちに応えたい、そう思った。
意を決して、葵は藤田に話しかける。
「藤田先輩っ!」
「あ? ど、どうした?」
浩之はまだ慌てている様子だ。
本心を洩らしてしまったことを、まだ気付いていないようだった。
「あの、今は無理ですけど、そのっ!!」
「な、何が?」
「いつか、藤田先輩に、わ、わ、私の、は、裸、み、見てもらいたいって思ってますっ!!」
「あ、葵ちゃん!?」
葵の言葉に驚く浩之。
大胆なことを言ってしまったと気付き、葵は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてしまう。
ただその場にいることさえ、恥ずかしくなってくる。
「そ、それじゃ失礼しますっ!!」
いたたまれなくなった葵は、そう言い残し、勢い良く走り去った。

バタバタバタバタバタバタバタバタバカバタバタバタバタ…。

葵が走り去った後を、呆然と見ている浩之。
葵の言葉を、頭で何度も繰り返してみる。
「も、もしかして、これって…愛の告白…ってやつか?」
(や、やっぱり、どう考えても愛の告白だよな、今回はどうやっても勘違いしようがないもんな)
ジワジワと、嬉しさがこみ上げて来る。
「やっほぅ! 今日はやっぱりラッキーdayだぜぇぇぇぇ!!」
一人踊り出す浩之。
…周りを通る人たちは、それを奇異の目で見つめるのみであった。



Happy End?




あとがき

どもー。李俊です。
前回に引き続き、葵ちゃんSSをお送りします〜。
前回がギャグ一辺倒だったのに対し、今回はラブコメ風味にしてみましたが、どうでしょう。

ネタ的には、志村けんと同様「野球拳って聞いたら拳法と間違えないかなあ」ということが最初でした。
で、志村けんネタの前作を書いてからこっちを書いたんですが、前と同じようなパターンでは飽きられるだろう、ということでちょっとお色気も入れてみたり、ラブコメ風味にしてみたり。
同じようなネタでも、展開が変わっていい感じです。(などと自画自賛)

…前回の志村けんネタもそうなんですけどね、ホントは漫画で描くと面白いネタだな、なーんて思ったんですよ。でも自分絵が描けないしぃぃぃぃ。
誰か漫画化してくれるのを希望。(゜▽、゜

それから、葵ちゃんがストライプの下着つけてたのは、別に李俊の趣味だからではありません。
下着はやっぱ白のレースじゃろ。(゜▽、゜

感想待ってます。クレクレ。

ではまた〜。


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