変だよ葵ちゃん −志村けん編−

written by 李俊

朝、1年のあるクラス。

「そういや、昨日の志村けん見たか?」
「昨日のテレビか? 俺見れなかったんだよな〜」
「いやぁ、面白かったぜ。やっぱあの独特の動きがいいんだよな」
「あー、目の前でそう言われると見なかったのを後悔するぜ〜」

以上、松原葵の前の席でタムロしている男子たちの会話である。
その会話を聞いて、葵はショックを受けていた。

(シムラ拳…!? 私の聞いたことのない格闘技があったなんて!?)

格闘家として、また格闘技オタクとして数々の格闘技を見て、実践して、学んできた葵にとって、知らない格闘技がまだあった…。
そのことは彼女にとって、落雷を受けてしまったような、それほど大きいショックであった。
(しかもテレビでやっているということは、誰も知らないようなものじゃなく、ある程度はメジャーってことなのよね…!? なんてことなの!!)
しかし、その『シムラ拳』を葵は知らない。
葵は悔しかった。
どうしても、その『シムラ拳』を見たい、そして出来れば会得したい。
そういう気持ちに駆られていた。

(でも…男子たちに聞くなんて、私の格闘技オタクとしてのプライドが許さない…)
クラスでも葵は『格闘技オタク』として有名であった。
しかし、その彼女が格闘技のことを他人に聞く。
それは葵にとって、試合に負けると同じくらい屈辱的なことなのだ。
(…でも、他に聞ける人なんて…)
葵は、格闘技のことで相談できる相手を、数え挙げてみる。
しかし実際に挙げてみると、それは指3本で終わってしまった。

まず来栖川綾香が挙げられた。
だが綾香はいつも多忙で、なかなか暇がない。すぐに聞けるほど気安い存在ではなかった。

その次は、坂下好恵。
しかし好恵は、葵が空手以外の格闘技に興味を示すのを、いつも快く思っていない。
相談しても、あまりいい結果は得られそうにない。

最後に、藤田浩之。
…彼は、いつも練習に付き合ってくれるし、気さくに相談に乗ってくれる。
3人の中では一番、聞くに相応しい人物だった。
(よし! 放課後の練習の時に、先輩に聞こう!)
葵はぐっと拳を握り、『シムラ拳』会得を堅く心に誓うのだった。

☆☆☆

そして放課後。
場所はいつもの神社である。

「えぇ? 志村けん?」
サンドバッグを吊るしている浩之は、葵からの意外な言葉に面食らった。
「はいっ、藤田先輩は、『シムラ拳』を知ってますか!?」
一方、葵はドキドキしながら浩之を見つめている。
「そりゃ、テレビで見て知ってるけど…」
その言葉に、葵の表情が明るくなる。
(嬉しい! 藤田先輩が『シムラ拳』のことを知ってるなんてっ)
「…それが、どうかした?」
「あの…藤田先輩。…私に、『シムラ拳』を見せていただけませんか!?」
真剣な表情で頼む葵。
「は?」
しかし、浩之は訳がわからなかった。
だが訳がわからないなりに、状況を考えてみる。
(志村けんを見せてほしい…見せてほしい…それは、ものまねをして欲しいってことなのか?)
「志村けんのネタを俺がやってみせればいいのかい?」
浩之の言葉に、今度は葵が考え込んだ。
(ネタ? ネタって何のこと? 私は『シムラ拳』の『技』を見せて欲しいんだけど…)
少し考えて、葵は頷く。
「え、ええ、『シムラ拳』の『技』、知ってらっしゃるんでしょう?」
そう聞いてみる。
(『技』…? 葵ちゃんらしい言い方だなあ。ネタを『技』と呼ぶなんて)
浩之は内心苦笑する。
「ああ、技って言っても大したことないモノマネだけどね」
「それでもいいんです! 見せてさえ頂ければ、あとは私の方で頑張って会得します!」
(今度は会得、かよ。さすが格闘家のセリフだよなぁ)
ますます、苦笑してしまう浩之。
おおかた、何かの隠し芸用に憶えたいのだろうと、勝手に解釈してしまった。
「よし、それじゃこれから見せてあげるよ」
「お願いします!」

☆☆☆

「まずは1つめ。これは掛け声が重要だから、ちゃんと発音するように」
「はいっ」
いつものコーチ口調で、浩之が教える。
葵が真剣に格闘技に取り組むように見ているので、浩之もそういう気分になっていた。
…実際、葵は格闘技のつもりで見ているのだが。
「まず見せるから、続いて真似てみるんだ」
「わかりました」
葵が頷いたのを確認すると、浩之はすうっと息を吸い、間髪入れずに次の動作に入る。
「とんでもねェ! わたしゃ神様だよ!」
右の手の平を顔の前でヒラヒラさせ、ネタを披露する浩之。
「は?」
一瞬、何をやってるのかと疑問を抱く葵。
「はい、リピート!」
しかし浩之は、葵に真似るように強要する。
仕方なく、葵も真似をしてみる。
「え、えっと、とんでもない、わたしはかみさまだよ…ですか?」
「違う!」
しどろもどろの葵に、浩之の叱咤が飛ぶ。
「もっとこう、手をヒラヒラさせて! そして言葉はちゃんと訛るように!」
「と、とんでも…ねぇ、わた…しゃ、かみさまだよ…」
浩之の指導の元、何とか真似る葵。
「うん、まあOKだろ。ホントはもっと、スピーディにやらなきゃなんないんだけどな」
葵の動きがある程度形になったのを見て、浩之は笑顔を見せた。
…葵は、ショックを受けていた。
(な…なんて型破りな格闘技なの…!? 技の名前を叫びながら繰り出さなくてはならないなんてっ!? しかも訛りで!)
「本来は2人でやるネタで、一人に『あんた神様かい?』って聞かれた時にこれを出すんだけどな」
ネタの解説をする浩之。しかし葵は聞いちゃいない。
(オーソドックスな空手技がメインの私には、これは武器になるわ! 『シムラ拳』、なんてすごい格闘技なのかしらっ!)
「それから、最初は『あんだって?』って耳が遠い感じを出して、もう一度『あんた神様かい?』って聞いてきた時に出すのがポピュラーかな〜」
熱心に解説を続ける浩之。だがやはり葵は聞いちゃいない。
(しかもスピーディな動きで手をヒラヒラとさせるなんて…。これはきっと、相手の攻撃を引っ叩いてかわす迎撃技なのに違いないわっ! こんな技を出されたら、相手は絶対戸惑うはず!)

「と、いうわけだ。わかったかい、葵ちゃん」
「え? え、ええ、わかりました。ものすごい技だっていうことが」
葵の返事を聞いて、浩之は戸惑ってしまう。
(ものすごい技? 確かに、成功すれば結構笑いは取れるとは思うけど…)
「今の技は大体憶えました。他の技を教えてくださいっ!」
だが、嬉々として教えを請う葵を見て、その戸惑いを流してしまう。
「ま、いいか。じゃ次いこう」

☆☆☆

「次のネタは体全体の動きも入ってくるから」
「はいっ」

少しの間。
浩之は呼吸を整えると、右肘を前方に上げ、手の平を縦にして顔に近付ける。
同時に顎を前に突き出し、上体も前方に突っ込ませた。
「あい〜〜〜〜〜〜〜ん!! …はい、リピート!」
浩之の声に、葵も真似てやってみる。
「あ、あいーん」
「ダメだ! もっと顎を突き出して! 声は勢いよく!」
「あ、あい〜〜〜ん!」
浩之の指導を受けながら、葵は驚喜していた。
(これは攻めの型ね! ここから、チョップ、肘打ち、さらには足技に持っていくんだわ! すごい、すごいわ『シムラ拳』!)
当然のごとく、浩之の解説など耳に入っては来なかった。

「次が3つ目だな。これで、俺の再現できるネタは最後だ」
「はいっ、よろしくお願いします!」
また、間が開く。
呼吸を整えた浩之は、目を寄り目にし、鼻の下を伸ばすようにして、同時に頭を前に出す。
「だっふんだっ!!」
「だ、だっふん…だ?」
「違う! もっと目を寄せて! 頭も突き出して! そして『だっふんだ』の声は威勢よく相手を驚かせるつもりで!」
スパルタコーチぶりを発揮する浩之。
葵は浩之の叱咤の声を聞きながら、この技の効果を見い出していた。
(これは、相手を驚かせると同時に頭突きを放つ技なのね…! 空手では考えられない技だわ! なんて素晴らしい技なの、『シムラ拳』!!)
もはや説明の必要はないと思うが、当然のごとく彼女は浩之の解説など聞いてはいない。

「最後に。ネタじゃないが、もうひとつ、志村けんに欠かせないものがある。これは先ほど出したネタとリンクするものなのだが…」
「…欠かせないもの…ですか」
ごくり、とツバを飲む葵。
浩之は、自分の鞄を持ってくると中からノートを取り出し、その一枚を破る。
「ちょっと絵を描いて教えるよ。これがあれば、本当の志村けんにかなり近付くと言っていいからね」
「ほ、本当ですか!?」
葵の喜びの笑顔。
「…でも、ちょっと恥かしいかもしれないけど…」
「かまいません。シムラ拳をマスターできるなら、少しくらいの恥ずかしさは我慢するつもりです」
もはや、彼女はシムラ拳を会得するためには、どんな努力も惜しまないつもりだった。
「よし、良く言った。それじゃ、サラサラサラ…」
浩之は絵を描いていく。それは、何かの人物画のようであった。
「これさえあれば、さっきのネタは破壊力間違いなしだ!」
浩之も、葵の決意を聞いて、完全に乗り気になっていた。

浩之の絵が完成したその時、葵は、シムラ拳を全てマスターした(つもりになった)のである。

「ありがとうございます先輩…これで私、綾香さんにも勝ってみせます!」
「はは、そんな大袈裟な…」
(綾香に勝つって…隠し芸でか? どんな隠し芸大会やるつもりなんだろう)
浩之は葵の礼に手を振りながらも、何とも言えない疑念を心に抱くのであった。
一方の葵は…。
(よおし! 私、この『シムラ拳』を秘密特訓するわ! 大会で完璧な『シムラ拳』を披露して、藤田先輩も驚かせちゃうんだから!)
技を覚え強くなった(と本人は思っている)ことで、これからの一層の鍛錬を誓うのであった。

☆☆☆

ズダァァァン!!
「一本! 勝者、松原!」
審判の声が響く。
「やった! また勝てましたっ!」
喜びの声を上げる葵。
その葵を、遠くからみている2つの影があった。

「浩之…あんたね、あんなのを教えこんだのは」
額に怒スジを浮かべながら、隣りの浩之に対して訊ねる綾香。
彼女の右手は、グーになっていた。
「…いや…まあ、教えたのは確かに俺だが…俺は隠し芸のつもりだったんだぜ…?」
一方の浩之は、口元をヒクつかせながら、何とか言葉を紡ぎ出す。
彼の顔は、縦棒スクリーントーンが貼られたように暗い表情であった。
「隠し芸が、何でエクストリームの大会で、しかも試合中に出てくんのよ…」
綾香は怒りを抑え切れないといった感じで、握り拳を段々と上に上げる。
綾香にしてみれば、可愛い後輩の葵をここまで変えてしまった浩之を、どうしても許せないようである。
「どこでこうなっちまったんだ…?」
浩之にしてみても、葵のためにと教えたことがこういう結果になり、後悔と罪悪感にさいなまれていたのだった。

「あ、綾香さん! 藤田先輩!」
2人を見つけて、駆け寄る葵。
「シムラ拳のお陰でまた勝てました! 凄いですよねシムラ拳って!」
当の本人は、素直に勝ち残っていることを喜んでいる。
2人は、そんな葵の姿を見て、逆に悲しくなってしまう。
(なんでこんなことになるんだ…)
(なんでこんな格好なのよ…)
2人の目から、とめどなく涙が溢れる。
「あれ? どうしたんですかお2人とも?」
そう、葵は…。

志村けんの『変なおじさん』の格好をしていたのである。
もちろん、マジックでヒゲ、その他諸々を描いてある完全版だ。

「綾香さん! 私のシムラ拳、綾香さんにどれだけ通用するか、試させてくださいねっ!」

「もうイヤァァァ!! 私の葵を返してよぉぉぉ!!」
綾香の握り拳が、浩之の脳天に直撃したのはこの直後であった。



ちゃんちゃん。




あとがき

どもー。李俊ですー。
久しぶり〜にバカ道一直線なSSを書きました。

「志村けんって拳法の名前と間違ったりしないかなぁ」と考えたのが始まり。
そして「拳法って言ったら葵ちゃんだよな」と設定を思い付くと、スラスラと筆(キーボード)が滑る滑る。
こうして、自信を持ってお届けできるバカSSが完成しました。

書き上がってみると、やっぱ自分ってドリフ世代なんだなぁ…な〜んてことを思ってみたり。
書いてて楽しかったですわ。

こんなバカSSですが、真面目に感想くださるのもアリです。
…ていうか、マジ感想くれや〜!(゜▽、゜

ではまた〜。


 ○ 感想送信フォーム ○ 
一言でもいいので、読んだ感想をお送りください。
返信を期待する方はメールアドレスを記載してください。
●あなたの名前/HN
(無記入可)
●あなたのメールアドレス
(無記入可)
●文章記入欄
感想の内容を書いてください。
(感想、疑問、要望、クレーム等)

SS目次へ